思考と実践の両輪を回せ 押井守・今野敏『武道のリアル』

 押井守氏と岡部いさく氏が軍事と戦争について語り倒した対談本『戦争のリアル』に続いて、今度は自ら空手道場を主催する作家・今野敏氏と武道について語った『武道のリアル』が刊行された。これらの対談本は三部作にする構想があるらしく、次回がもしあれば『身体のリアル』になる予定との事。

 さて、実は押井守氏のファンの中では、50歳を過ぎた押井氏が近年空手をやっているという情報は割とメジャーなものだったりする。その空手の師匠が今野氏であり、今回の対談は言ってみれば『師弟対談』という事になる。
 映画監督であり、作家でもある押井氏のイメージと空手、武道というものの持つイメージとはなかなか結び付かないかもしれないが、氏が空手を始めた背景には自分の身体性、或いは人間の身体性という部分に対する興味が深まって行った事がある様だ。肉体的な衰えを前にして、健康の為に体を動かそうという側面ももちろんあるだろうが、それ以前に人間の身体性というものを捉え直す行為として、実際に武道をやってみようという「思考から実践へ」の動きが自分から見るととても面白い。

 自分の様に理屈っぽい人間は、疑問や興味を抱くとまず思考する。しかし、思考しているだけで解決する問題というものは相当少ない。そこから先に進む為には、やはりどこかで実際に自分の体を動かして実践してみたり、その状況に自分の身体をセンサーとして投入する行為、言い換えれば五感を使って、ただ思考するだけでは得られない情報を獲得するという行為の必要に迫られる。
 逆に、頭で考えるよりも先に実践してみるというタイプの人は体がまず動く。そうすると、実際にやってみる、或いは行ってみるという五感で感じる行為が先行する訳だけれど、そこで得た情報を元に、彼等もまた思考する。つまるところ、思考と実践というのはセットであって、本来切り離して完結するものではない。
 その前提に立つとすれば、押井氏が空手道場で体を動かす事もまた一種の『身体を使った思考』なのかもしれないと思う。もちろんその結果として、自分の身体能力への自信を回復し、自己を肯定的にとらえられる様になるという副次的な効果はあるにせよ。

 自分自身、日々の暮らしを振り返って反省する事があるのだけれど、気が付くと自分の五感を使って思考するという事をせずに、他者から与えられた情報に頼って、それだけを判断材料に生きている様な気がする。それは自分の頭でものを考えている様でいて、実際には本質的な意味で思考するという行為を怠けているという事になるのかもしれない。
 日本の様に情報が氾濫している社会で生活していると、遠く離れた場所の情報であっても、その気になればほぼ無制限に、リアルタイムで得る事が出来る。例えば今自分がこうしている間にもリビアでは人が死んでいるのだという事も世界情勢として知る事が出来るし、知ろうとしなくても勝手に耳に入って来る。また、様々な知識も同様に勝手に流れ込んで来る。そうやって情報を『注入』されると、本質的な意味では分かっていない事でも、『何となく分かった気になる』という状態に陥る。そして不思議なもので、人間一度分かった様な気になると、自分で思考する手間を惜しむ様になる。物事の本質を深く掘り下げようとか、もっと自分の身に引き寄せて、その問題について考えてみようという努力を惜しむ様になる。

 部屋に居ながらにしてあらゆる情報を知る事が出来るという事は、物事について考える上で一見プラスである様に思える。情強、情弱なんていうネットスラングが飛び交うこの国では特にそうだ。けれどそうして得た情報は表層的なものになりがちだったりもする。溢れる情報に身を浸して満足してしまう時、それ以上の思索、思考を深める機会を自分達は投げ捨てていないだろうか。その疑念は常にある。

 武道というものは、恐らく一番言語化に向かない世界だろうと思う。それをあえて書籍という形で世に出す事に意味があるとすれば、やはり実践という行為への誘いなのではないかと自分は思う。それは頭でっかちになりがちな現代人に対するある種の警鐘、或いは啓蒙活動と取る事も出来るかもしれないけれど、しかしそれすらもいつも通りのウンチクでやってしまう辺りが、いかにも押井氏だなという気はした。
 
 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

「武道のリアル」押井守・今野敏

『戦争のリアル』に続く押井守対談本第2弾! 押井守が、作家にして空手道今野塾を主宰する今野敏と、時には冗談を交えながら、武道の本質に切り込んで行きます。 数十年間「少年」をやっている二人の大人...

コメントの投稿

非公開コメント

No title

トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon