特攻の過去から戦争待望論の今へ・百田尚樹『永遠の0(ゼロ)』

 

 自分が『戦争待望論』という不気味な言葉を最初に意識したのは今から数年前の事だ。誰が最初にその言葉を用いたのかは記憶していないが、その『いっそ戦争になれば良いのだ』とでも言う様な時代の閉塞感は、近年、特に戦後民主主義教育を受けて育った筈の若い世代の中で醸成されて行った様に思う。

 『ロストジェネレーション』等と呼ばれる比較的若い世代。その中には自分も含まれる訳だが、この世代には所謂『就職氷河期』によって安定した職に就けず、フリーターや派遣労働者といったプレカリアートとしての生活を強いられた者が数多く存在した。彼等が日々感じているであろう閉塞感、疎外感、息苦しさは、即ち『生き苦しさ』に他ならない訳だが、そこから救われるには最早戦争という『外圧』によって既得権者が一掃され、硬直化した社会構造が解体される事を願うしか無いのだとする一部の主張は、彼等が日々抱える絶望の深さを如実に表していると言える。

 彼等は既に、「個人の能力や努力、また同じ境遇を生きる者の連帯によって現在の社会構造を変革出来る」等という可能性を毛程も信じてはいない。だから彼等を救う事が出来るのは外からやって来る戦争状況だけだという結論に達する。それを浅はかだとして切って捨てる事は容易いが、では戦争を知らない世代である彼等に語って聞かせるべき、血肉を備えた『戦争観』なるものを持った大人が今どれほどいるのだろうか。

 そんな時代背景の中で、本作は刊行された。
 終戦から60年目の夏、司法試験浪人の佐伯健太郎はフリーライターの姉、慶子の誘いで、太平洋戦争で戦死した実の祖父、宮部久蔵の生涯を調べる事になる。奇しくも祖父が戦死したのは、今の健太郎と同じ26歳の時だった。最初は「祖父は特攻隊だったらしい」といった断片的な情報しか知らなかった二人だが、かつての祖父を知る戦友を訪ね歩く中で、次第に戦争の時代を生き抜こうとした祖父の想いに迫って行く事となる。

 この小説は、戦争を知らない世代が、かつての戦争がいかに悲惨なものであったかを知る為のテキストとして読む事も出来る。自国の兵士に『特攻』という『十死零生』の作戦を強要した当時の軍部について知り、特攻を命じられた兵士達がどの様な想いで飛び立って行ったかというその事に思いを馳せる時、自分などは彼等の子孫として今を生きる、自分を含めた若い世代の中から戦争待望論が噴出する現代の皮肉を感じずにはいられない。

 何時、何処で、誰が道を間違ったのか。

 その『戦犯』を探す事は恐らく不可能なのだろうと思うが、では今現在苦境に立たされ、「希望は戦争」とまで言い切る世代、言い換えるならば『時代に虐げられた世代』である彼等の怒りはどこに向かえば良いのか。

 社会の側に立って考える時、最も簡単な方法は彼等の叫びを『甘え』と断じる事だ。そしてその為に本著の様な『過酷だった時代』を描いた作品を引き合いに出し、「かつてこんな辛い戦争を乗り越え、立派に生き抜いた世代がいたのだ。それよりも恵まれた環境に育ちながら、一体何の不満があるのか。彼等若い世代は戦争の悲惨さを知らないから、希望は戦争などという寝言を言う様になるのだ」という正論で弱者を叩き潰す事だ。しかし自分は、そんな事の為に本著が引用される事を望まない。本著で描かれる、宮部久蔵の生涯にはもっと深いテーマがあると感じるからだ。

 人は生まれて来る時代を選べない。

 宮部久蔵が戦争の時代を生きた事も、自分達が今この時代を生きる事も、本質的には同じ事だ。確かに現代日本は経済的にも豊かで戦時中の日本とは比べ物にならない様に思えるし、自分達は「今日、明日にも自分が死ぬかもしれない」という極限状態に常に置かれている訳でもない。今回の震災の様な事態を除けば。しかし、否応なく産み落とされた時代の中で生き抜かなければならない個人の姿は、どの時代にも共通する。

 自分は先程、現代の若者を指して『時代に虐げられた世代』と書いた。しかしながら、ある時代が、または社会が、個人の事情を斟酌してくれた事などありはしないのだ。有事であれ平時であれ、それは変わらない。人は絶えず理想とする社会の有り様を、そこに生きる人間の姿を思い描いて来たが、その理想像に辿り着く事が出来た者はいなかったろう。

 誤解を恐れずに言えば、皆道半ばで死んで行ったのだろうし、これからもそうなのだろう。社会は時に無慈悲で、矛盾に満ち、誰かの利益の為に他の誰かが犠牲にされ続ける様な事が今までも続いて来たし、これから先も公然と続けられて行くのだろう。プレカリアートの問題はそれらの一部が表出したに過ぎない。

 現実問題という分厚い壁を打ち破る事は容易ではなく、社会は、世界は、個人に対して常に変節を迫る。理想を追う生き方から、現実に即して自らの価値観や信念を曲げる事を要求する。それは苦痛を伴うが、しかしながら、それでもなお人はその現実の中で生きなければならない。その時に、自分自身がどう生きようとするのか。どの様に社会と相対して行くのか。本作はその事を宮部久蔵の生涯と、その高潔な精神を描く中で、今を生きる自分達の世代に問うている。それも上から押し付ける説教ではなく。少なくとも自分には、その様に思えた。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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