自分は何と戦っているのか

 『なるべく普段通りの生活をする事』

 これを目標にして震災後の毎日を過ごして来たつもりだ。ただ、最近の様に震度5を超えるレベルの余震が何度も続くと、さすがにストレスが溜まる。地震の度に驚いていたのでは体が持たないし、慣れもあって、震度2とか3程度の余震は無視して生活出来るレベルにはなっているのだけれど、それでも余震発生の度に「またか」という重い気持ちが胸中に沈殿して行く様で気疲れする。

 これまでいつもそうして来た様に、好きな本を読んでここに感想を書こうと思うのだけれど、その度に余震に割り込まれるという有様で、どうも考えがまとまらない。書いては消しを繰り返し、最後には結局全て消す。そんな事を繰り返す。

 そうこうしている間に、今回の原発事故はチェルノブイリと並ぶレベル7になってしまった。東電が発表する数字も桁がどんどん増えて行くし、メディアが伝える情報もどれを信用して良いものか判断が付かない。テレビ番組の合間に流れるCMは「頑張れ」の大合唱だけれど、最近はそれを見る事も苦痛になって来た部分がある。もちろんCMを企画された方や、CMに出演されている方々の善意は本物だろうし、それに対して否定的な事を言うのは心苦しいけれど、これから先、原発事故がどうにか収束に近付くまでの長い期間を考えると、「頑張り過ぎない事」の方が重要に思えて来る。これは長期戦になるだろう。

 ここまで書いて、ふと思う。自分は何と戦っているのか。

 「長期戦」という言葉が自然に出て来る以上、自分は何かと戦っているらしい。しかし、その敵は何だろう。
 まず思い付く敵として『非日常』という状況がある。日常を取り戻す為の戦いという部分はもちろんある。ただ、その状況を作っている地震そのものと戦っているのかというと、そんな事はないだろう。そもそも天災とは戦い様がない。では自分は何と、誰と戦っているつもりなのか。

 何となく、漠然とではあるが、自分はこの状況の中での『敵』というものの存在を感じているのだろう。ただどうやってその敵に対処して行けば良いのか、その道筋や出口が見えて来ない。その、先が見えない事の辛さがある。

 まあ、先が見えなくても明日は来る。その為に、今は少し休もう。 

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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