押井守『凡人として生きるということ』

 このブログを始めるにあたって、何でこんなヘンテコなタイトルを付けたかというと、その大部分はこの書籍による。

 押井氏の本業は映画監督なのだが、自身の映画が公開されるタイミングでよく関連書籍が発売される事でも知られる。雑誌連載が書籍化されたり、自身が小説を書き下ろしたりと内容は様々だが、今回は映画『スカイ・クロラ』の公開に合わせて、自身の経験を踏まえた人生哲学的な内容となった。

 本の帯には、編集者が考えたのだろう『自由自在であり続けるために、凡人力を磨け!』というキャッチコピーが書かれているが、実際の内容はそんなに構えたものでもなく、『オヤジ論』『コミュニケーション論』『格差論』といった各章のテーマ毎に押井氏の持論が淡々と綴られる。

 この本を紹介するくらいだから、当然自分は押井監督の映画が好きなのだが、それでも当然、氏の意見に全面的に賛成という訳でもない。むしろ読んでいると首を傾げたくなる場面が多々あったし、そうでなくてはおかしいと思う。何せ世代も全く違うし、映画監督とそれこそ自分の様な平凡な会社員とでは周囲の環境も自身の立ち位置も全く異なる。

 中でも一番の違和感は、この本のタイトルである。凡人として生きるということ、とは言うものの、果たして映画監督である押井氏は凡人なのだろうか。

 本書の中で押井氏は確かに『自分は天才ではない』という趣旨の発言をしている。しかしよくよく考えれば、『凡人』の対義語は『偉人』である。凡人、偉人というのは周囲の評価によって認定されるものであって、自称するものではない。たとえ自分から『私は凡人だ』と主張したとしても、周囲がそれを認めなければ、彼は凡人にはなれない。少なくとも自分には、押井守が凡人だとはちょっと納得が行かない。

 そして翻って、自分の事を考えれば、これはもう他者からの評価も踏まえた上で、何処に出しても恥ずかしくない『凡人』である。

 ならば凡人として生きるということを真剣に考えなければならないのは自分の方であって、押井氏の著作を読んで、今更凡人としての生き方を学ぼうなどと悠長な事をやっている場合ではない。答えは既に自分の中にある筈で、それを表現するのは自分の役割なのだ。

 というわけで、このブログは凡人総研というタイトルで始まる。どこまで行けるかはまだわからないが。


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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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