川崎昌平『ネットカフェ難民 ドキュメント「最底辺生活」』

 昔、TOKIOのメンバーが司会をやっていた『ガチンコ』という番組があって、中でも素人の応募者からプロボクサーを育成する『ガチンコ・ファイトクラブ』というシリーズは反響が大きかった。
 番組に応募してきたのは大抵が筋金入りの不良で、企画開始直後は「俺は腕っ節の強さだけには自信があるぜ」とばかりに周囲を挑発する。しかしボクシングの世界でプロの洗礼を受けて叩きのめされたり、周囲の人間との軋轢から喧嘩沙汰に発展したりといった熱血スポ根ドラマをそのまま焼き直した様な展開を経て次第に各々キャラを確立し、最後プロテストに挑む段階になると多少はスポーツマンらしくなってくる。視聴者はそのストーリーを眺めて楽しむ訳だが、本著『ネットカフェ難民』を楽しむ為に必要な前提は、ファイトクラブを楽しむのに必要になるそれと同じだと思う。

 それは『ヤラセと知っていてそれに乗れるかどうか』という点だ。

 この本の帯には『25歳、定収入0円、一泊2000円。 これこそが、現代の貧困だ! 日本人が初めて直面する新しい危機』と書かれている。『ドキュメント「最底辺生活」』というサブタイトルも生々しい。さて、これで一体どんなドキュメントが読めるのだろう、と読者は想像する。各種報道で伝えられている様な『ネットカフェを生活の場にするしかない、追い詰められた人々』の生活実態が赤裸々に語られるのだろうかと思う。

 だが本編開始早々、その想像と実態との違いに読者は戸惑う事になる。
 まず著者として自らのネットカフェ難民生活の体験記である本作を執筆した川崎氏だが、既にネットの各所で突っ込まれている通り、彼には『いつでも帰る事が出来る実家』があり、必要に迫られてネットカフェ難民をしている人々とは前提から異なる。
 また彼は冒頭で『僕に職はない。肩書きもない。他人に誇るような学もなければ、技能もない。世間で言うところのニートである。いい歳をして親元でごろごろ暮らしている。自分でもどうかと思うが、どうかと思う以上のことはしないので、どうにもならずに今に至る。』と書いているのだが、同時に著者のプロフィール欄には『東京芸術大学大学院美術研究科修士課程先端芸術表現専攻終了』というやたら長い最終学歴がしっかりと書かれており、全くの凡人である自分からすると、それを読んだ瞬間『いや、他人に誇る様な学もないとか言ってないで素直に誇れよ』と突っ込みを入れたくなる。

 この実態を知っていて本作を買った自分の様な読者と、全く知らないで買った読者とでは当然評価が分かれるのだろうと思うが、自分は十分楽しめた。

 そもそも何故ヤラセじみた内容の本だと知った上でこの本を買ったのかといえば、それは単純に読み物として面白いと思ったからだ。
 川崎氏の書く文章は端的に言ってなかなか『読ませる』文章だと思う。特に自己分析やネットカフェ難民とその周辺に関する考察などは軽妙な語り口で面白い。ドキュメントとしてどうなのか、実態と違うのではないかという点は、この読み物としての面白さの前ではさほど問題に感じない。
 これが本当にネットカフェ難民として生活している人が自分の生活について淡々と書いたとすると、多分ここまで『商品』としての完成度は上がらないのではないかと思う。どちらが実態に近いのかと言われれば間違いなく後者だろうけれど、見ず知らずの人間が日雇いの派遣労働でいくら稼ぎ、派遣会社がその中からどれだけの額を差し引くのか、そしてその残りでどうやって食い繋ぐのか等といった事実を淡々と並べられても読んでいて辛いばかりで読者を引き付けるだけの魅力が無い。本当にドキュメントとしてこの問題を扱いたければ、少なくともちゃんとした読ませる文章を書けるライターがインタビュー形式でネットカフェ難民を取材するとか、そういう方法しかないと思う。

 だから本著は正確に言えばドキュメンタリーではなく、ファイトクラブとか『川口浩探検隊』とか、ああいう『ヤラセとか演出で出来ているという前提を理解した上で、楽しめるかどうかは視聴者次第』という作品群と同じ系譜なんだろうと思う。
 まあ最後のオチが弱いとか、言いたい事もあるけれどね。

 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon