天才の孤独を埋めるもの・三上延『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~』

 

 『安楽椅子探偵』という言葉がある。自らは現場に赴く事無く、情報のみによって事件を推理し、解決する探偵を指してそう言うのだが、本作『ビブリア古書堂の事件手帖』もまた典型的な安楽椅子探偵ものと言える。
 本著は短編連作形式の作品で、4話が収録されているのだけれど、各話毎にテーマとなる本があり、目次を読んだ時点でそれぞれどんな話なのだろうと想像するのもまた楽しい。一体、夏目漱石『漱石全集・新書版』(岩波書店)や太宰治『晩年』(砂子屋書房)にまつわるどんな事件が展開されるのか。もちろん自分の様に、夏目漱石や太宰治の作品に詳しくない人間でも楽しめる作品となっているので、その点はご安心を。

 さて、本作において安楽椅子探偵の役割を果たすのはビブリア古書堂の店長、篠川栞子だ。とある事情から入院生活を余儀なくされている彼女は、その明晰な頭脳で本にまつわる様々な事件を解決して行く。そして、その手助けをする事になるのが、バイト店員としてビブリア古書堂で働く事になる青年、五浦大輔だ。
 眉目秀麗、頭脳明晰だが、極度の人見知りで本の話題以外となるととたんに口数が少なくなってしまう栞子と、大柄で体育会系な印象を持たれる事が多いものの、実は本が好きでありながら『本が読めない体質』に悩んでいる大輔の二人はなかなか良いコンビで、見ていて微笑ましい。長文を読むと動悸がして気分が悪くなるという『活字恐怖症』的な体質を持つ大輔と、本について語る時の栞子の関係は教師と生徒のそれにも似ている。しかしその一方で、人見知りで言葉少ない栞子を大輔がフォローする場面もあったりして、そんなお互いの長所と短所が噛み合っている所がまた良い。

 この様な安楽椅子探偵ものというと、まず思い出すのがジェフリー・ディーヴァー氏のリンカーン・ライムシリーズだ。『ボーン・コレクター』は映画化されているので知っている方も多いと思う。他には上遠野浩平氏のしずるさんシリーズとか。どちらも安楽椅子探偵役の登場人物は病院から動く事が出来ない為に、そのパートナーが事件現場に足を運んだりする事になる訳だけれど、この安楽椅子探偵とその協力者の物語というものは、二人の性格の差異が際立つ程面白いと思う。刑事モノ等でよく言うところの「バディもの」でもそうなのだけれど、全く性格の異なる二人が、ある時は反目しつつも互いに協力して困難に立ち向かうという所に面白さのキモがある様に思う。自分の大好きな映画の一つである『セブン』もそうだしね。

 さて、頭脳明晰、しかも黒髪の美女でありながら、極度の人見知りという栞子はかなり作者及び男性読者の願望を反映していると思うのだけれど、それでも本作が所謂『キャラクター萌え』を意識した作品群の枠に収まらない魅力を持っている理由には、栞子というキャラクターに潜んだある種の『毒』がある様に思う。いや、毒といっても、男を惑わす悪女であるといった意味ではない。それは頭の良い人間に特有の無自覚な悪意とでも言うべきものなのだが、時に周囲の人間を巻き込む様な状況を作り上げ、その計算の中で凡人を意のままに動かしてしまう様な恐ろしさが彼女にはある。しかし動かされる側、踊らされる側の人間が感じる恐怖を彼女は意識しない。彼女の作為は悪意から生じたものではないからだ。しかし、動かされる側の立場で考えるならば、悪意の有無に関わらずその人並み外れた知性が脅威となる事に変わりはない。

 ある意味では『天才の孤独』とでも言うべきものだが、優れた知性の持ち主が得てして孤高の存在にならざるを得ないのは、彼等のレベルに付いて行く事が出来る能力や資質を持った人物が少ないからというばかりではなく、彼等の隠された毒を凡人が避ける為だとも言えるのではないか。利用される事、信頼を得られない事、対等の関係を結べない事。天才の側がそうした自らの毒に無自覚である時、凡人は彼等に近付く事が出来ない。差別でも妬みでも拒絶でもなく、それはある種の自己防衛本能だ。自分が利用されない為に。自分の意志が天才の意図によって脅かされない為に。
 
 もっとも、栞子に関してはそんな天才の孤独は杞憂だろう。本作を読めば、その事が分かる。天才の孤独を埋めるものもまた、傍らに立つ凡人の存在だからだ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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