現実に立ち向かう為の妄想・西村悠『妄想ジョナさん。』

“これは現代のドン・キホーテとでもいうべきところの、この僕が経験した一連の恋愛について綴った物語である。
 いや、恋愛などと言ってはおこがましいのかもしれない。
 なにせ、僕の恋愛にはそもそも相手が存在しない。
 最初から最後まで、僕の妄想だけで完結する、ただの一人遊びだ。”


 さて、たまにはこんな変わり種の恋愛小説を。

 何度か書いた気もするけれど、自分は恋愛小説というものをあまり読まない。何か別の要素がメインだけれど、恋愛小説として読む事も出来ますよ、という作品は別としてね。同様にラブコメというものにもあまり手を出した事が無い。深く考えた事は無いけれど、まあ単純に好みの問題なのだろう。しかしそれでもやはり一応男性として魅力的な女性キャラクターが登場する作品は好きな方だと思うし、時にはこんな小説を読んでみようと思う時もある。まあ恋愛小説としては結構な変化球だろうけれど。

 本作、『妄想ジョナさん。』のヒロインであるジョナさんは一風変わったキャラクターだ。何しろ彼女は人間ではない。では宇宙人か何かなのかというと、そうでもない。そもそも彼女は正確な意味ではこの世界に実在していない。「実在しないヒロイン」というのも奇妙なものだが、これが恋愛小説として普通に成立しているのだから面白い。

 タイトルにある通り、そして冒頭に引用した通り、ジョナさんは本作の主人公である大学生の『僕』の妄想が産み出した架空の存在だ。だから彼女は『僕』にしか知覚されない。『脳内彼女』という言葉をどこかで聞いた事があるけれど、主人公の頭の中にしか存在しないという意味ではジョナさんも似た様なものだ。

 主人公は自らを『妄想-現実間境界領域拡大症候群』だと定義している。この病名は造語だが、要するに自分が知覚する現実世界に妄想が割り込んで来るという症状だ。例えば前の日に観た映画や読んだ本の印象によって現実の見え方が大きく変化し、日本の街を歩いている筈が、二十世紀初頭のロンドンの街並みを歩いている様な妄想に襲われたりする。更に妄想の世界ではカエルが喋り出し、キングコングが大学の校舎によじ登って胸を叩き、UFOの大群が空を覆う等の現実離れした異常な光景が繰り広げられるのだけれど、当然それを目の当たりにするのは主人公だけなので、多くの場合彼は変人の烙印を押されてしまい、まともな友達を作る事も出来ない。するとその辛い現実からの逃避としてますます妄想が強化されるという悪循環が彼を悩ませている。
 そんな主人公を現実に立ち向かわせる為に登場するのがこれまた彼の妄想の産物であるジョナさんだというのが可笑しいのだが、この「自分が産み出した妄想との掛け合い」が意外にも楽しい。まあ第三者から見れば誰も居ない空間に向かって延々と独り言を言っている様にしか見えない訳だけれどね。

 ジョナさんのキャラクターも結構考えられている。主人公が産み出した妄想だからといって性格から外見まで全て主人公の好みに合わせ、どんな要求も受け入れてくれるなどという都合の良い存在ではなく、苦言を呈する事もあれば口喧嘩をする事もあるという所が良い。また意外とやきもち焼きでもある所も微笑ましい。自分が産み出した妄想に「現実に立ち向かえ」と説教される主人公というのも珍しいが、この「実在しない」という事を除けば割と普通の女の子であるジョナさんと主人公との距離感というものが丁寧に描かれている事に本作のキモがある様に思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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