ままならぬ心を抱えて・籘真千歳『スワロウテイル/幼形成熟の終わり』

 

 前作『スワロウテイル人工少女販売処』についてはこちらに。

 さて、唐突だが自分は人間が嫌いだ。

 他人が嫌いだ、という意味ではない。「人間が嫌いだ」と今ここでこうして思考している自分も含めた人間全体を、自分はあまり好きではないと思う。自分がそうなった原因は色々あるのだろうけれど、それをここで列挙する事はしない。とても書き切れない分量になるだろうし、そんな文章を読みたがる人もいないだろう。自分だって嫌だ。
 もちろん自分にも家族があり、友人がいて、今日まで生きて来た中で自分を支えてくれた数多くの人達がいる。そんな人達全てを忌み嫌っているのかと言われれば当然そんな事はない。好意も、感謝の気持ちも人並みには持ち合わせていると思う。ただ、それとは全く別の問題として「あなたは人間が好きですか」という問い掛けがなされる時、自分は素直に頷く事が出来ないという事だ。

 生きるという事が綺麗事でなくなった時、つまり生きるという事の複雑さと困難さに直面しなければならなくなった時、そこにはいつも人間の心の問題が横たわっていた様に思う。複雑な心や自意識というものを持つ人間は他の動物の様にシンプルには生きられない。思想や価値観は多様化し、時に他者のそれと対立して軋轢を生む。皆が幸福に生きる事を望んでいるにも関わらず、その求める幸福の形が違うせいで対立が生じ、より正しいのはどちらの側かといった争いが絶えない。そして差別や格差がこの世から一掃された事も無い。それらがどこから生じているのかと言えば、人の心以外にはあり得ない。人間らしい心を持っているという事で得られるであろう喜びの裏側には、それと同じだけの、或いはそれ以上の苦しみや苦悩が張り付いている。

 この物語に登場する人工妖精達もまた、人間によって人に近い知性や感情を与えられている。だからこそ彼女達は人と同じ様に悩み、生きる事の困難さに直面する事を強いられる。それはただ人間からの命令を実行するだけの、心を持たない機械として作られていたなら感じる必要の無かった苦悩だろう。
 彼女達は自分に心を与えた人間に感謝するのだろうか。それとも恨むのだろうか。ただ一つだけ確かな事は、心を持って生を受けた以上は、人間であれ人工妖精であれ、一生自分の心と、それを取り巻く様々な他者の心に向き合って行かなければならないという事だ。それが時に苦しく、辛いものであったとしても。

 自分は人間が嫌いだ。人間の心が嫌いだ。

 時に心を持っている事が煩わしくてならない。心が傷付くのは、傷付く様な心を持って生まれてしまったからだ。他人を傷付けてしまうのは、他人とは違う心の形を、自意識を持って生まれてしまったからだ。全ての『生き苦しさ』は人間の心から生じている。ならば自分は機械として生まれた方が良かったのではないか。心を持たないものとして作られた方が良かったのではないか。時に本気でそう考える事がある。考えた所でどうなるものでもないが。
 しかし、この物語の登場人物達、とりわけ人間によって生み出された人工妖精達が人から与えられた心に向き合おうとする姿を見ると、やはり自分はこの自分自身の心というままならぬものを一生抱えて生きて行くしかないのだろうと思う。まあ自分の場合、彼女達とは比べ物にならない程みっともなく足掻く様な生き方になってしまいそうではあるけれど、少なくともこうして本を読んで何かを感じるだけの心が残されている間は、その足掻きを、生きるという事を続けて行かなければならないのだろう。今は、そう思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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