人は何の為に生きるべきか トム・ロブ・スミス『エージェント6』

 先日テレビを観ていると、アフガニスタンからの帰還兵のニュースが流れていた。彼は海兵隊に所属していたが、爆発物によって片腕と両足を吹き飛ばされ、故郷に帰って来たのだという。そんな姿になりながらも彼はテレビの取材に対して「海兵隊の一員として祖国の為に戦えた事を誇りに思う」といった趣旨の発言をしていた。
 もちろん、それはテレビカメラの前だから、公の発言としてその様に言ったのだろうと考える事も出来るし、軍によってあらかじめマスコミ向けに用意された回答なのだろうと考える事も出来る。しかしながら、仮にそうであったとしてもテレビカメラの前で模範的軍人として発言してみせる彼の姿を見る時に、日本人である自分は彼と自分との『国家』というものに対する姿勢の違いを思い知らされる。

 祖国への忠誠という言葉は自分も含めて今の日本人には縁遠い言葉になっている様に思う。それが悪い事なのか、それとも良い事なのかについては様々な意見があるだろうが、少なくとも自分は自らと国家というものをそこまで強固に結び付けて考える事は出来ないだろう。両足を失い、片腕となってまでもその事を誇りに思う様に求められる時、国家の期待通りに振舞う事は出来無いだろう。

 国家やイデオロギーと一人ひとりの人間との関わり合いについて考える時、福島に住んでいる自分は複雑な心境になる。それは思考実験的なものではなく、日々肌で感じている事としてだ。
 国は確かに国民に公共的な利益を与えてくれる。今回の震災からの復旧復興も国の後押し無しでは先に進まないという意見もよく耳にする。しかしながら、国策としての原子力政策が今回の大事故に繋がってしまった経緯を振り返れば分かる通り、時には国家というものが特定の国民に対してマイナスの影響を与えてしまう事も起こり得る。そんな国家という大きな存在を前にして自分達はどう生きて行けば良いのだろう。どの様にそれと向き合えば良いのだろう。

 前置きが長くなったが、本作『エージェント6』は『チャイルド44』『グラーグ57』に続くシリーズ第3作目にあたる。シリーズについての説明は過去の感想を読んで頂くとして、本作では徹底して国家やイデオロギーに帰属し盲目的に生きる事への懐疑が綴られていると言っても過言ではないだろう。

 元国家保安省の捜査官であったレオ・デミドフはそれこそ国家とイデオロギーを守る為に生きて来た人間だったと言える。密告を受けてスパイや思想犯を狩り出し、敵性国家や反体制派の活動の芽を摘むのが彼の仕事であり、その様な形で国家に対する忠誠を示し続ける事が彼の生きる術だった。体制側に対する懐疑はそれがどんなに些細なものであれ重罪であり、彼と家族の生活を危うくするのだから。
 しかし様々な事件と悲劇、そして喪失を乗り越えた先に彼が手にするのは、かつての彼ならば想像する事すら出来なかったであろう生き方だ。それは、そこに至るまでの彼の長い旅路からすれば酷くシンプルなものだが、それだけに作者からのストレートなメッセージとして自分達の胸に響く。

 人は何の為に生きるべきか。

 国家か、思想か、それとも。
 レオが辿り着く答えが決して特別なものではない事。その事に自分は救いを感じる。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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