戦って生きるということ・時雨沢恵一『キノの旅XV』

 フォトが可愛らしかった。以上。

 ……というとても短い感想で終わらせる事も可能なのだけれど、それだけでは味気ないので以下蛇足。

 生きている事とか、生きて行く事とか、世界には難しい問題が多くて困る。もしも世界が綺麗事だけでできていればそんなに複雑な問題はない訳だけれど、普通の人なら誰でも日々やっている様に、ただ毎日を平穏に生きて行こうとするだけでも大小様々な問題をクリアしていかなくてはならない。その為だったら人は嘘もつくし酷い事もする。悪知恵だって働かせる。もちろん自分だって日夜そうした事をやっている。それは決して法を犯しているという事ではないけれど、やられた方は酷いと思うかもしれない。でも、それでも自分は時にそういう酷い事もやる。必要に迫られれば躊躇無く。
 何が大事で、何がそうでないか。誰が味方で、誰が敵か。こんな事を書くと随分と殺伐とした物言いに聞こえるだろうけれど、それでも自分達はそんな判断を日々積み重ねて生きている。だから、そんな現実感が反映されている物語に触れると自分達はそこにリアルさを感じる。『キノの旅』にしてもそうだ。

 『キノの旅』が面白いのは、モトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)や犬が人と同じ様に喋ったり、どんなに旅を続けてもまだ見ぬ国がある程どこまでも世界が広がっていたりとまるでお伽話の様な世界観であるにも関わらず、そこを舞台として展開される物語がどれも現実問題を織り込んだ寓話的なものになっている所だと思う。地に足が付いている、と言い換えてもいいけれど、その現実離れした世界観と現実味のある物語のバランスが絶妙でいつも唸らされる。
 物語の中には奴隷制度の様な人身売買や、戦争における少年兵の問題等、現実に存在する酷く重いテーマを扱ったものもあるのだけれど、それを重くなり過ぎない様に寓話という形で読者の前に提示してみせる手腕は確かなものだ。そして「正しい結論」を押し付けない姿勢も良いと思う。全ての物語は誰が正しいかという結論を持たない。物語に登場する様々な登場人物達の、どの立場からであっても読む事ができるし、結局誰が正しく、誰が間違っているのかという最終的な判断は読者に委ねられている。

 現実問題という奴は複雑怪奇な背景を持っていて、その問題だけを抜き出して考える事は難しい。その問題について議論するにも考察するにも、そこに関係する歴史的背景だとか、民族、文化、宗教的な対立軸だとか、様々なものを考慮しないといけない。だからこそ難しい訳だが、それらの問題をこうやって一度抜き出して、架空の世界の物語として単純化してみると、これが意外に考えが整理出来る気がする。まあそこで得た考えを現実に活かそうとするとこれがまた難しい訳だけれど。

 ……とまあ、自分の様に小難しく考えて読むもよし、冒頭に書いた様に何も考えずにキャラクターを愛でるもよし。楽しみ方の幅が広いというのは良い事だと思う。ああ、それと最後に。自分はソウも結構好きかな。あの性格と口調込みで。フォトとはなかなかいいコンビだと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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