自由意志と全体主義の対立 アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ〔完全版〕』

 この頃はどうも世の中がラズレズになっちまったのか、グルーピーなニュースが多くて、そんなものばかり見ているとビズムニーみたいになっちまうもんだから、せめて週末は酒でも飲まないとやっていられない。けれど自分はそんなに酒が強い方でもないから、あまり飲み過ぎると翌朝ガリバーが痛んだりして昨夜の事を後悔するハメになる事もしばしばだ。だからどうしても眠れない様な時はよく温めたモロコでも飲んで、何とか静かにスパチカを取ろうとしてみるってわけ。本当はモロコに何か新しいベスチ、例えばシンセメスクとかドレンクロムなんかをプラスしたものでも飲めれば気分もハラショーになるかもしれないけれど、生憎この国にはモロコ・プラスを出してくれる様な店は無いし、もしあったとしてもそんなものを飲んでいたらロズやミリセントに捕まってしまうだろう。だから自分はただモロコを温めたやつを飲んで、何とかスパチカを取ろうとしてみる。温かい布団にくるまっている間だけはグルーピーなニュースを忘れていられるからだ。ボッグに祈ったって物事は解決しないもんさ。
 こんな時、本当は隣に気心の知れたドルーグたちがいてくれればと思うのだけれど、自分のドルーグたちは遠くに住んでいる奴も多くて、この頃はなかなか会う機会も無い。よう兄弟、ドルーグたちよ、元気かい?自分もまだ何とかやっているよ。

 ……なんてナッドサット言葉で書いていても意味不明だろうし、何より自分はもうナッドサットなんていう年齢ではないからこの辺で普通の言葉に戻す事にする。ああ疲れた。

 『時計じかけのオレンジ』については、この原作小説よりもスタンリー・キューブリック氏の映画版が有名だと思う。あの独特の映像世界は多くの人に記憶されている事だろうと思うが、原作もまたそれに負けない巧みな表現で社会の病巣を抉り出している。

 これだけ有名な作品なので、あらすじについて語る事は不要かとも思うけれど、一応大体のところだけ書いておこう。本作は若者の暴力と無法が横行する世界で、主人公のアレックスが自らの体験を『ナッドサット(若者)言葉』という独特の単語を織りまぜながら語るという形式を取っている。日本でも女子高生達なんかが常に新しい言葉、仲間内だけでしか通用しない様な言葉を日々生み出し使っているけれど、ナッドサットも丁度そんなものだと思えばいい。

 15歳の少年、アレックスは彼の仲間と共に夜ごと街へ繰り出し、道行く老人をリンチしたり、商店を襲って金を奪ったり、個人宅へ押し入って女性を襲う等の無法行為を繰り返していたが、やがて仲間内での不和から裏切りに遭い、強盗殺人の罪によって14年の実刑判決を受け、ただ一人収監される事になる。ところが2年の獄中生活の中でも彼が改心する事はなかった。その後彼は刑期短縮を図って『ルドビコ療法』と呼ばれる治療を受ける事を志願するが、それは特殊な薬物を用いて被験者が暴力行為に及ぼうとする度に嘔吐感等の苦痛が生じる様にするというある種の洗脳・条件付けであった。

 物語の前半で、仲間達と無法の限りを尽くすアレックスの姿は、こう言っては何だが実に生き生きと描かれる。逆に後半、ルドビコ療法によって暴力に対する忌避感を植え付けられて苦しみ、今までの復讐とでも言うかの様にかつての仲間や被害者達からリンチを受け、ボロ雑巾の様になって倒れ伏す彼の姿は哀れだ。だが、本作は『悪人は必ず報いを受ける』という因果応報だけをテーマにした作品ではないし、この本を読むであろう多くの『自称善人』達に、ゴミクズ同然の扱いを受ける悪人=アレックスの姿を差し出して満足感を与えようという作品でもない。本作が問いかけるのは、人間の自由意志というままならないものと社会とがどの様に向き合って行けば良いのだろうという問いだろうと思う。

 人間は各々が自由意志を持ち、その中で秩序を守って生きて行こうとする者もいれば、アレックスの様に自らの欲望の充足を第一として無法を働く者もいる。そこでこの物語の中では社会から悪を一掃する為に、悪人を洗脳して自由意志を剥奪し『時計じかけ』の人間にしてしまおうという動きも生じる訳だが、作者であるアントニイ・バージェス氏はその事に対し、明確に異を唱えている様に思う。
 洗脳によって良い事しか出来なくなった人間の歪さ、醜悪さというものは、奔放に悪事を行う人間のそれを遥かに上回るのではないか。そして『善』の側に立って悪人に治療という名の洗脳を施そうとする人間の傲慢はそれをも遥かに上回る腐臭を放っている様に思う。正しさの狂信者達の『正しさ』は一体誰が保証するのか。恐らくその問いの重要性を、本作は投げかけている。

 作中でアレックスが繰り返す「よう、これからどうする?」という言葉は、人間の自由意志の象徴だろう。これからどうするのか。それを決めるのは自分達の意志であり、他の誰かに条件付けされた結果であってはならないのだろう。

  

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ジャンル : 小説・文学

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