短編集に隠された恐怖・寺本耕也『沢木道楽堂怪奇録 はじまりのひとり』

 “霊が見える男と霊に好かれる少女の怪奇でのんきな物語”

 本の帯に丸文字で書かれたこの紹介文と、淡い色彩で描かれた表紙イラストを見た時、自分は『この世に未練を遺した幽霊達の最後の望みを叶えて成仏してもらう』といった様な心温まる物語を想像した。読み終えた今、それは作品の一部においては間違いではなかったと思う。しかし、今思えばこの時点で自分は大きな罠にはまっていたのだ。

 『霊が見える男』沢木隼人は何でも屋『沢木道楽堂』を経営している。一方、ある事件を契機に霊の声を聞いてしまった女子高生、矢都雪穂は霊が見えるという沢木に助けを求める事となり――と、ここまでは物語の導入として何ら違和感が無い訳だが、この短篇集には表紙のイメージからはちょっと想像が付かない完全なホラー作品が隠されている。

 『囁き』
 『はじまりのひとり』
 『霊に魂の不在を説く』
 『ある天使たちの思い出に』

 本作に収録されたこの四編の中に、まるで本のページの間に挿し込まれた剃刀の刃の様にそれは潜んでいる。一体どの作品がそうなのかは実際に本作を読んで頂くとして……自分などは一瞬本作が角川ホラー文庫だったのではないかと錯覚して表紙を見直してしまった程だ。結末も含めてなかなかの黒さだと言える。
 まあ自分の場合はホラーも好物なのでむしろ思わぬ収穫と言えるのだけれど、逆にホラーが苦手という方は少し身構えていた方が良いかもしれない。

 さて、幽霊の存在を信じるか、という事になると、実は自分はあまりそれらを信じていないのではないかとも思う。自分にはそれらをはっきりと見た経験が無いからだ。見えないもの、触れる事が出来ないものの存在を信じる事はやはり難しい。
 一方でそれらを見た、或いは自分にはそれらが見えると主張する人も世間には存在する訳だが、彼等の言う事がもし本当だったとして、霊が見える彼等にはこの世界がどんな風に見えているのだろうという興味がある。この世に強い未練を遺した人物の霊魂が、成仏する事もなくいつまでもその場を彷徨っているのだとして、もしそれらが消えずに残り続けるのだとすれば、この世界は右を向いても左を向いても霊で溢れているという事になりはしないだろうか。

 この世に生きて、やがて死んで行く自分達の中で、一体何人が「もうこの世に未練などない」と言って死ねるのだろう。街中に霊が――人の未練や後悔が居並ぶ光景を想像しながら、霊が見えない自分は思うのだ。姿が見えない霊よりも、むしろ確実に存在するこの現実の無常さの方が恐ろしいのではないかと。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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