翻訳家が与える離乳食としての知識・池上彰『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』

 

 『週刊こどもニュース』や『池上彰の学べるニュース』等のテレビ番組で、非常にわかり易いニュース解説を行う司会者として一躍人気者になった池上彰氏が、仏教、キリスト教、イスラム教、神道といった各宗教について専門家へのインタビューを行ってまとめた宗教概論的な著作。とっつきにくい宗教問題というものを離乳食なみの柔らかさにまで噛み砕き、門外漢でもこれさえ読めば何となく宗教がわかった様な気にさせてくれる。

 池上氏はジャーナリストだ。本著の最後にも『ジャーナリスト 池上彰』という署名がある。しかし自分は、池上氏は『翻訳家』に近いのではないかと思う。外国語から日本語への翻訳ではなく、難解な専門知識や専門用語、時事問題にまつわる複雑な歴史的背景等を、門外漢である庶民にもわかるレベルに翻訳してくれるという意味でだ。
 こうした様々な物事を「相手にわかる様に伝える努力」をする事は、本来各界の専門家や知識人達がやるべき事の様にも思うが、彼等は往々にして「専門家達の知識レベル」で物事を説明しようとする。彼等の説明をそのまま理解する為には、その前提として最低限知っておかなくてはならない基礎知識が膨大で、これが「とっつきにくい」「難解」といった印象を与える原因になる訳だ。

 少し話は逸れるが、よく言われる「オタクが何を話しているのか理解出来ない」というのも正にこれで、彼等は「オタクなら最低これ位の事は知っている」という事についてはいちいち説明するという事をしない。すると当然オタク間の会話では専門用語やネタの引用、ネット用語等が飛び交う事になる訳だが、そこに一切説明が無いので隣で一般人が聞いていても理解不能という事になる。その上、普段から一般人に対する説明を必要としない会話を仲間内で繰り返していると、いざ相手に対する説明が必要になった時に何をどう説明したらいいか分からない。結果「何でこの程度の事がわからないの?」と相手の知識不足に逆ギレする事になる訳だが、自分達の側に説明能力が不足しているという自己反省には至らない。だから一般人がオタクを理解しようと思ったらやはり業界に明るく、一般人とのコミュニケーション能力が高い翻訳家としてのオタクが必要だ。……いるのか、そんな奴。

 さて、話を戻そう。本著でも池上氏が果たすのは翻訳家としての役割だ。タイトルに『池上彰の』とあるので氏の持論が展開されるのかと思ったが、実際は下記の様な各界の有識者(敬称略)に対して『文藝春秋』誌上で行われたインタビューが本著の大半を占めている。

 島田裕巳(宗教学者)
 釈徹宗(浄土真宗本願寺派如来寺住職)
 高橋卓志(臨済宗神宮寺住職)
 山形孝夫(宮城学院女子大学名誉教授)
 阿蘇谷正彦(國學院大學前学長)
 飯塚正人(東京外国語大学教授)
 養老孟司(解剖学者)

 書店に行けば、本著以外にも各宗教に関する入門書は山程出ている。宗教というものをその成り立ちからきちんと理解しようと思えば、それこそ分厚い本一冊を全て費やしても足りない。だから本著の様に270ページ前後の新書で代表的な宗教を全て網羅しようというのは本来無謀だ。池上氏の説明がどんなにわかり易いからといっても、本著だけを読んで宗教を理解したと満足してしまうのはもったいない。これはあくまで、読者が自力で宗教問題を噛み砕く力を得るまでのつなぎとして与えられた離乳食である。歯が生えそろって硬いものを食べられる様になったら、離乳食から卒業しなければ顎が弱ってしまうだろう。最終的には自分で問題を咀嚼する、自力で考えるという事が必要だ。それは大変だからこそ、歯ごたえがあって面白い。

 

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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