「絶対」に対する挑戦・和泉弐式『VS!! ―正義の味方を倒すには―』

 

 男の子なら誰でも小さい頃に一度は観た事があるであろう特撮変身ヒーローもの。本作はその中でも戦隊ヒーローものをベースとして、『悪の組織の戦闘員が主役』という一風変わったストーリーになっている。それもかなりの熱血具合で。

 悪の組織の戦闘員というと思い浮かべるのは大抵『仮面ライダー』に登場したショッカーの戦闘員だろうと思う。「イーーーーーッ!!」という独特の掛け声や全身タイツの出で立ちはある種『特撮戦闘員のスタンダード』として記憶されているだろう。彼等を主役に物語を作るという試みはこれまでにもあったと思うが、それには様々な困難があった。

 まず、何よりも彼等は『弱い』
 はっきり言えば雑魚である。毎週新たに登場する怪人の戦闘シーンに華を添える為の賑やかしとして、またヒーローにバッタバッタと倒される事で正義の味方の強さを強調する為の記号として彼等は存在している。仮に彼等を主役にしようとするならば、この弱さというものをどう描くかがキモとなる。
 一つの方法として「こんな名前もない戦闘員にも実は彼等なりの生活があり、秘密結社内での上下関係や同僚との人間関係の中で苦労しているんだ」という、「戦闘員だって人間です」的な肉付けを施した上で読者や視聴者に感情移入してもらうやり方があるのだけれど、これは大抵『サラリーマン川柳』的な悲哀と悲壮感に溢れた物語にしかならないという欠点がある。

 次に、彼等が『悪である』という事。
 漫画であれ小説であれ、一般人に危害を加える悪の側を賛美する様な作品を発表してもよいのかという問題は常にある。だから悪の組織の側に好意的な作品や、彼等を主役にした作品の多くには『人畜無害な悪の秘密結社』という訳のわからないものが登場する事になる。例えば『学園特警デュカリオン』とか『エクセル・サーガ』とか。『エクセル・サーガ』の方は更に「正義の味方側が悪の秘密結社を上回るムチャクチャな連中」というダメ押しまでやっている。ここまでやらないと悪の組織が主役になる事は難しいのかもしれない。

 これらの問題を解決しつつ、悪の組織、それも戦闘員を主役とした物語を書こうとすると、大抵はパロディやギャグの世界に入って行くか、サラリーマンの悲哀を代弁する様な妙に湿っぽい物語になって行くのが大半である様な気がする。では、本作はどうだろう。

 本作の主人公は悪の組織『アルスマグナ』の戦闘員21号、愛称はニーイチだ。彼は他の戦闘員達が本気でヒーローを倒そうと立ち向かって行く中で、あくまでも無理な戦闘は避け「生き残る」事を目標にしている。自分とヒーローとの戦闘能力の違いを認識しているだけに、自分達戦闘員が「絶対に勝てない」事を理解しているからだ。しかしそんな彼の下に「史上最強の怪人」ジャバウォックが現れた事で、彼の心も少しずつ変化して行く事になる。

 絶対に勝てないヒーローに挑む戦闘員というものを、真っ向から熱血ものとして描いた本作の姿勢は、新人作家らしい気概に満ちていて好きだ。相手が何であれ、勝とうと思わなければ決して勝つ事は出来ない様に、作家になりたいと思ったのならどんなに困難であれ作品を書き上げ、評価されなければならない。勝つ為に戦略を練り、戦術を再考し、自分の能力を見極めつつも諦めずに挑む。本作のニーイチの姿は新人作家である和泉氏の姿でもある。星の数ほどいる作家志望者の中からデビューを勝ち取り、更には他の作家達との競争に打ち勝っていかなければならない世界は、ある意味ヒーローに挑む戦闘員と同程度にシビアだ。そこで戦う事を選んだ和泉氏の姿勢はある意味でニーイチそのものだと思う。だから本作におけるヒーローというのは「戦うだけ無駄」とか「絶対に無理」と言われる挑戦に立ちはだかるあらゆる壁の象徴なのだろう。

 「勝ち目のない戦いはしない」という生き方が賢いのだという価値観がある一方で、「どんなに望みが薄くとも戦う事から逃げていては永遠に勝てない」という事実も一方にはある。そこでどうするか。どちらを選ぶ事が正解なのか。それは各々が判断するしかないが、諦めずに戦うべきなんだと熱血する人の姿を久しぶりに見た様な気がして、何だか清々しい気分になった。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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