凡人として生きるということ・来楽零『6―ゼクス―』

 

 “キミは心優しい凡人だ。……私に、ついてくるな”

 『6―ゼクス―』の冒頭には、こんな台詞が書かれたカラーの挿絵がある。言っているのは少女の様な容姿の女性で、言われているのは少年だ。二人の距離は近い。しかし二人の間にはどうしようもない断絶がある。凡人と、その枠から外されたモノという断絶が。

 10年前、一人のマッドサイエンティストが10人の少年少女を拉致監禁し、人体実験を行うという事件があった。彼の目的は『新人類』を生み出す事。後に『シックスデイ事件』と呼ばれたその事件の犠牲者の内、『始まりの六人(ディー・ゼクス)』と呼ばれる6人には実験の成果として常人には無い能力、『ギフト』が与えられたという。自ら望んだわけではない能力を背負わされた者達にまつわる、都市伝説じみた物語。しかし彼等に関係した新たな事件が起こる時、それに巻き込まれた少年、山本彦馬は『ゼクス』達の真実に触れる事になる。

 さて、漫画やアニメはもちろんだが、ライトノベルというジャンルの小説もまた特別な能力を持った登場人物が数多く登場する事で知られる。いわゆる超能力や魔法の様な超自然的な能力もそうだし、特別な出自や権力といったものもそうだろう。そもそも登場人物が人間ではない、なんていう設定も多いが、そういった『特別さ』はどの作品でも案外肯定的に描かれる事が多い様に思う。
 しかし本作は、常人の枠から逸脱してしまった者達の悲哀に満ちている。自分が今目にしている世界が、他の多くの凡人達や過去の自分が見ていた世界とは全く別のものになってしまったという事。それは一度殺された上で無理矢理人間ではないモノとして蘇らせられたかの様な、決定的な『断絶』の中で生きて行かねばならない運命を彼等に背負わせた。

 もう戻れない過去の自分。変わってしまった世界の中で、逸脱者達は選択を迫られる。もはや社会の中に自分の居場所は無いのかもしれないと思いつつも、自らの特殊性を抑え込んで常人と関わりながら生きて行くのか、それとも与えられたギフトを受け入れ、むしろ活用する事で常人の道から外れて行くのか。

 凡人である自分は、つい特殊な存在や能力に憧れを抱いてしまうが、しかしそれが時として罠である事も知っている。
 例えば医者の手に負えない様な怪我や病気を、手をかざすだけで治してしまう能力があったとする。それを身に付ける事が出来れば確かに便利だ。しかし、その便利な能力を身に付ける事が、能力者にとって必ずしもプラスだとは限らない。

 誰かを救い得る能力を身に付けるという事は、「誰を助け、誰を助けないか」という選択を常に強いられるという事だ。怪我や病気の治癒などという能力を持っている事が知られれば、それらに苦しむあらゆる人間が救いを求めてくる事になるだろう。当然能力者が誰の味方をするのかという事も問題になる。善意で誰かを助ける事が、その人物と敵対する勢力からすれば悪意としか受け取られない様に。
 逆に、手で触れただけで人を殺す能力だったとしても状況は変わらない。誰を助け、誰を殺すか。見境なく誰でも助けるか、誰も助けないか。誰も殺さないか、無差別に殺すか。身に付けた能力に見合った重圧を、能力者は背負わされる事になる。ましてや本作に登場するゼクス達の様に、自ら望んだ訳でもない力を与えられたのならなおさらだ。人生を狂わされた彼等がどんな生き方を選ぶとしても、楽観的な選択肢は最初から全て潰されているに等しい。

 凡人である自分には彼等の悲哀を想像する事は難しいが、確かに言える事があるとすれば、それはたった一つだけだ。

 凡人は、凡人として生きるだけだ。

 時に無力感に苛まれようと、自分の存在が取るに足らないものに思えようと、凡人は凡人として生きる。常に、最大限の力で。
 たとえ相手がどんなに特殊な能力を持っていようが、自分には何の力も無かろうが、大切だと思う相手には歩み寄り、戦わなければならない相手には立ち向かうという事。自分程度の人間に出来る事なんてたかが知れているとわかった上でなお、自分の気持ちだけは裏切らずにいられるかという事。譲れないものを前にして虚勢を張れるかという事。特別な力を持った人間からすれば矮小な問題に思えても、それらの壁を前にして自分を偽らずに、逃げ出さずにいられるかという事。そして全ての選択肢に、無様だろうが何だろうが真正面から向き合う事。それが凡人の矜持だ。

 彦馬が凡人として選ぶ選択肢は間違っているのかもしれない。力が及ばない事もあるかもしれない。しかしそれでも選択し、行動し、結果を受け止める事。不器用でもそれを積み重ねて行く事。それがきっと、凡人が生きるという事なのだろう。そして自分もまた、彼の様でありたいと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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