土地が人を育てるという事・荒川弘『百姓貴族2』

 

 荒川弘氏による農家エッセイ漫画も遂に2巻が登場。1巻の感想はこちらに。
 今回も北海道を舞台に農家ならではの話題がてんこ盛りな、非常に読み応えがある漫画になっている。他の農家さんが「ああ、こういう事あるある」と共感しながら読むも良し、農業とは縁遠い暮らしをしている方が「農業の現場ってこんな事もあるのか」と驚きながら読むもよし、非常に幅広い読者層に受け入れられる漫画だと思う。個人的には毎回「ああ、北海道の農家さんはやっぱりスケールがでかいなー」と思う。

 牛を飼う、畑作をやる、という事については自分の母方の実家でもやっている訳だけれど、やはり北海道くらい農地面積が広いと何をやるにしてもスケールが大きい。例えば「芋掘り体験がしてみたい」という人がいたとして、この辺だとせいぜい手で掘る程度だと思うのだけれど、この漫画ではいきなり「よっしゃ! イモ掘り機に乗ってくれ!」となる。イモ掘り機て。さすが北海道。人力でなんて掘ってたら追い付かないというか、多分芋掘りを人力でやるという発想が最初から存在しない。自分が住んでいる辺りで芋掘り体験というと、せいぜい幼稚園とかが農家さんに小さな畑を借りたりして、園児が手で収穫するイメージなのだけれど。

 話は農業から逸れるけれど、この漫画を読んで自分が思うのは、やはり人間の人格形成には生まれ育った土地や環境からの影響が大きいなという事だ。それは教育問題についても同じ事が言えるだろう。学校教育が子どもに与える影響というものは確かに大きいのだけれど、それは生活環境の中で育まれる人格であったり、社会性であったりという下地の上に形成されるものであって、学校教育だけが人格形成に寄与している訳ではないと思うのだ。もちろん単純に「広大な自然環境の中で育った人は性格がおおらかだ」なんていう話にはならないと思うが、自然環境も含めた地域性が個人や社会に与える影響は大きい。

 それから、『土地』というものについてのイメージというか前提が、多分農家とそれ以外の家庭では大きく違う様に思う。
 土地というと売買の対象であり資産であり……というのは確かにそうなのだろうけれど、農家にとって土地、農地というものは代々受け継いで来たものであり、生活の基盤だ。本作でも十勝開拓団のエピソードが語られる部分があるのだけれど、先祖が開墾した農地を受け継ぎ、守り、発展させて来た農家の暮らしというものの中で語られる『土地』は、土地といえば宅地であり固定資産であり、という視点で語られる『土地』とはその意味合いが大きく異なる。

 地元福島で原発事故があって、県内の農家に向けて各方面から、主に消費者の方々から言われた事の中に「もう福島で農業をやるのは諦めた方がいい」「なぜ僅かでも危険性がある土地で作付けをするのか」「農家を続けるにしても、東電に賠償してもらって別の土地で再開するとか、何か方法は無いのか」といった『福島県産の農畜産物が市場に出回る事への忌避感』を背景にした数々のご意見があった。
 個人的には同意出来る部分もある。いくら検査をして安全性が確認されたものだけを市場に出すのだと言っても、検査基準そのものに不信感があったり、政府の対応が信じられなかったりすればそれは100パーセント安全という保証にはならないし、立場が逆なら自分も同じ様に不安を覚えるかもしれない。まあ現在、自宅では県内産の米やら野菜やらもりもり食べているけれど。(市場に出回っているものに関しては)

 で、この「避難すれば」「農業をやめれば」「賠償金で暮らせば」というご意見について、自分が一部同意しながらも完全に頷けないのは、農家が抱えている問題というのはそこまで単純化出来ないと思っているからだ。例えば人の手が入らなくなった農地はあっという間に荒れてしまう。代々受け継いで来た農地をその様な形で失う事は相当な苦痛だろうし、国や東電が「代わりの土地を手配したからそこで農家を続けて下さい」と言って済む程簡単な話ではない。その土地と、そこに住む人々の『暮らし』というものは密接に結び付いているのだから。何か農家と消費者の双方が納得できる解決策があればとは思うのだけれどね。

 と、硬い話になってしまったが、こんな難しい問題はともかくとして、この漫画を読めばいつもは意識しない『農家』というものをもう少し身近に感じる事が出来る様になるかもしれない。

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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