震災後一年。『絆』という言葉の限界

 3.11後一年を迎えて、今日はTV各局が特別番組を組んで一日中震災報道を行なっている。新聞記事にしても同様だ。地震・津波被害の生々しい写真や映像。被災地にうず高く積まれた瓦礫の山。被災地からの中継。そして連呼される『絆』という言葉。でも自分はこう思ってしまう。

 『絆』って何ですか。何なんですか。

 福島に住んでいる自分にとって、東日本大震災と福島第一原発の事故とは切り離せない問題だ。放射性廃棄物の中間貯蔵施設を福島県の双葉郡内に置くという国の方針が示されたが、この『中間貯蔵施設』という言葉を信じている人間なんて、多分誰一人としていないのではないかと思う。
 国は言う。中間貯蔵施設はあくまで暫定的な貯蔵施設なのであって、最終処分は県外で行うのだと。でも自分は思う。

 『県外』ってどこだよ。

 放射性廃棄物の受け入れにはリスクがある。もちろん受け入れに見合う『飴』は何らかの形で国から提示されるのだろう。交付金とか、地域振興策とか。でもそれで受け入れに手を挙げる自治体があるとは思えないし、もしあったとしてもそこに県内から出た放射性廃棄物の山を持ち込んでしまっていいのか、という思いがある。
 また、今回の原発事故で出た放射性廃棄物以外にも、原子力発電所を稼働させ続ける限り、廃棄しなければならない使用済み核燃料は出続ける。そして使用済み核燃料もまた最終処分場や最終貯蔵施設は無い。受け入れ先も無ければ、候補地も定まっていない。そんなものをこれまで平然と運用してきたのか、という思いはあるけれど、既にやってしまっている事を今から無かった事にする事もできない。これは今から何とかして行くしかない問題だと言える。

 ただ、その時に思うのは『人間の善意の限界』についてだ『絆の限界』と言い換えてもいい。例えば危険だとわかっている中間貯蔵施設や最終貯蔵施設にしても、どこかには作らなければならない。でもそれが自分の住む場所の近くにあるのは誰だって嫌だ。人の善意や思いやりといった『絆』に頼っていても物事は解決できない。放射性廃棄物や瓦礫の山をどこかが受け入れなければならない事は誰でもわかっている。でもその『誰か』になるのは皆嫌なのだ。間違いなく。今福島に住んでいる自分だって嫌なのだから。
 ならばどうするのか、国はこれまでどうして来たのかと言えば、結局は見返りを積み上げて、首を縦に振る所が現れるのを待つしかない。
 結局金なのかと言われればその通りだったのだろう。原発が立地している自治体が所謂『原発マネー』に依存している構図からしてもそうだ。逆に言えば、十分な雇用と税収があれば受け入れなくて良かったものを、地域振興の名の下に飲み込んできたのがそれぞれの地方だったのだと言える。
 また、自分は思う。

 『絆』って何ですか。何なんですか。

 この一年、擦り切れる程聞いた『絆』という言葉が、今日も嫌という程繰り返されている。そして実際、その言葉はもう擦り切れて意味を成していないのではないかとも思う。
 もちろん、被災地に向けられた善意を拒否する訳ではない。感謝していない訳でもない。様々な人々が自分に出来る範囲で被災地に想いを寄せてくれている。手を差し伸べてくれている。それは本当にありがたい事だ。感謝の言葉では足りない位に。でも、『絆』という言葉や人間の善意だけでは越えて行けない問題の中で生きていると、連呼される『絆』という言葉が薄っぺらく聞こえ始める事も確かだ。でも、それを責める事も出来ない。自分だってそうだから。自己中心的なのは自分だって同じだから。

 世の中は綺麗事で動いてはいない。どれだけ『絆』と叫んでみても、自分達は結局利己的で自己中心的な生き物なのだろう。その事を認めて、飲み込んで、その上で何が出来るか。その先にしかこの問題の出口はない。そう思う。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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