嘘を信じずに生きて行けたなら・河野裕『サクラダリセット7』

 

 この物語に、嘘はないと思う。

 気が付けば3月も終わってしまい、今日はエイプリルフールだ。ネット上でも様々な人達がこの日の為にわざわざエイプリルフールネタを仕込んでいるらしい。それは人を少しだけ笑顔にしてくれるかもしれないという意味で、害のない『良い嘘』なんだろう。でも自分は一年に一度だからといって何も今日だけ必死に嘘をつかなくてもいいのではないかと思う。特別な事なんてなくても、嘘なんて毎日ついているのだから。
 いっそエイプリルフールとは逆に『何があっても嘘をついてはいけない日』なんていう日を一年に一度くらい作ってはどうだろうと考えてみる。もしも平日だったら会社が大惨事になりそうなので、出来れば日曜日にした方が良いだろうとは思うけれど、それにしたって大変な事に変わりはない。

 自分は詐欺師じゃないけれど、嘘をつかずに過ごせた日が一年に何日あるだろうと考えると、それこそ他人に会わずに一日部屋に引きこもって過ごしたとか、病気で一日中寝ていたとか、そんな日でもなければ思い当たらない気がする。相手を騙す為の嘘はそんなに多くないかもしれないけれど、自分を騙す為にだって嘘は必要だ。信じてもいないものを信じている様に装ったり、価値がないものに価値がある様に振舞ったり、好きでもないものを好きだと言ってみたり、色々な場面で自分は自分に嘘をつき続けているのではないかと思う。それで自分を騙せている間はまだ良い方で、自分ですら騙せない様な下手くそな嘘だって中には含まれているのだろうけれど、大人として社会の中で生きて行くには周囲とある程度の折り合いをつける意味での嘘を許容する事が求められるのも確かだ……なんて、この前提だって自分にとって都合の良い嘘なのかもしれないけれどね。「大人として生きて行く上では時に嘘も必要だ」なんて誰が決めた訳でもない事だから。本当はそんな事をしなくても生きて行ける方が良いに決まっているし、そうするべきなのだろう。ただ自分がそんな風に生きられないというだけで「大人には時として嘘も必要」なんていう『嘘』がいつの間にか自分にとっての『本当』に化けてしまう。いつもは無意識に流してしまっているけれど、それは本当は怖い事だ。

 だから自分はエイプリルフールにわざわざ苦労してまで嘘をひねり出さなくても良いと思うし、ここに書く事だけは極力嘘を排しているつもりだ。自分が読んだ本の感想を書く時くらい、嘘はない様にしたいと思う。面白い小説を読んだのに、必死に粗探しをして「ここが面白くなかった」なんて書く必要は無い。逆もまた然りだ。

 というわけで、本作で完結した河野裕氏の『サクラダリセット』シリーズは間違いなく、嘘偽りなく傑作だと断言しよう。少なくとも自分にとっては。なぜ自分はこの物語が好きなのだろうと考えてみるのだけれど、そうやって細かい分析や批評をする事には多分意味がない。物語そのものや登場人物達について、語る事は多い様に思う。でも自分がこの物語を好きになった理由は、そんな細部を積み重ねた先にある様に思う。それは恐らく、この物語に嘘がない事だ。

 もちろん小説はフィクションで、登場人物達は実在しない。彼等が暮らす世界も現実のものではないし、本作に登場する様な『能力』は虚構の最たるものだ。言ってみれば全てが嘘だと言ってもいい。でも、そういう作りものの世界で語られる彼等の物語に、そして彼等の願いに嘘はない。彼等が誰かを救いたいと願ったり、誰かを好きになったり、何かと戦ったり、壁にぶつかって苦悩したり、それを乗り越えようと努力したりする姿に嘘はない。自分の様に日々嘘にまみれている人間には上手く言い表せないけれど、その嘘のなさ、誠実さが作品全体を貫く透明感になっている。そして、自分はそれを尊いと思う。

 この小説に出会えて良かったと思う。嘘の多い日々を生きていても、この気持ちは嘘ではない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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