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小説としての強度『魔法使いの夜』

 


 ここで本編に関する一切のネタバレはしない方針なので、このゲームを未プレイの方もまあ気軽にお付き合い頂ければ。

 さて実際、自分がPCゲーをやる事はまずない。MMORPGの様にゲームの中でまで生身の他人とコミュニケーションを取らなければならないものは億劫だし、FPS等、本気でやったらかなりのマシンスペックを食いそうなゲームへの関心も薄い。やるとしてもコンシューマ機でやるだろうし。それ以外のPCゲーというと一番数が出ているのはノベル形式のゲームなのだろうけれど、これについては自分の側に致命的な欠点があって、どうにも慣れないのだ。
 その致命的な欠点とは、選択肢のあるノベルゲーやらアドベンチャーゲームのフラグ管理という奴が心底苦手だという事。そもそもこのフラグという言葉や、フラグが立つ、フラグが折れるという言い回しにしても、友人から聞かなければ知らなかったレベルだ。だから自分は、この手のゲームは一部の例外を除いて手を出さない事にしている。過去「どうしてもこれだけはやれ」と言われて貸し出されたものも結局途中で投げたりしているし。
 そんな自分が最後まで集中力を切らさずに自力クリアできる作品となるとこれが数少ない訳だが、「間違った選択肢を選ぶと待っているのは大抵デッドエンド」という作品であれば「ああ、死んだらその前の選択肢に戻ればいいんだな」という力技が通じるので有難い。その上ストーリーが面白く、登場人物が魅力的であればなお良い訳だが、そういう意味でこれまでのTYPE-MOON作品は非常に楽しめるものだった。

 さて、本作では遂にゲーム中の選択肢も無くなり、完全な『読み物』となった事でこんな自分にも優しい作品に仕上がっている訳だが、このゲームをプレイして……というか読み進めていると、自分はやはり小説を読む事の延長線上にこの手のゲームを置いているのだなと思う。本作はシナリオライターである奈須きのこ氏の作品を、いかに映像的に演出して行くかという部分に重きが置かれており、その点でやはりゲームよりも小説に近いと思うからだ。極論すれば自分はそこにあるシナリオが読みたい訳で、必ずしもインタラクティブ性のあるゲームをやりたい訳ではないのだとも言える。だから自分はこの手のゲームでも『地の文』が多く、物語性が強い作品を好む。

 大半の小説には映像がない。ライトノベルの様に、表紙絵や挿絵が数多く含まれている作品はまた別としても、視覚情報に頼る事が出来ない小説という媒体での表現は地の文の量と強度が求められる。反面、ゲームであればそこに映像があり、BGMがあり、場合によっては声優の演技すらそこに加わる事になる。そうすると、小説で言う所の地の文は必ずしも必要ではない。演劇の脚本の様に、登場人物達の台詞のやり取りだけで物語を進行する事も出来る。それを極限まで突き詰めて行けば、多分アニメに近いものになるのだろう。けれど自分が観たいのはその様な作品ではない気がする。自分がゲームのシナリオに求めるのは、脚本ではなく小説としての強度だからだ。

 あくまでも強度のあるシナリオが作品の中心である事。それでいて動画であるアニメ作品に引けを取らないレベルの演出を止め絵で表現する事。そういった方向での作り込みが可能だという事を本作は示している。むしろ動画の様に常に動き続ける映像表現よりは、本作の様に止め絵を用いて印象的なカットを連続させる演出の方が読者の想像力による補完も加わってより印象的な作品に仕上がる事もある訳だ。それはゲームのシナリオを取り出して小説化する事とも、シナリオを原作としてアニメ化する事とも違う、ゲームにしか出来ない表現だろう。自分が観たいのは、というよりも読みたいのは、それを可能にするだけの強度と完成度を持ったシナリオであり、シナリオに負けないだけの優れた演出だ。だからそれが叶えられた今、自分はこの作品を面白いと思えるのだし、読み終えた満足感に浸る事が出来る。特に今回の演出は一級品だった。そして、ああ、まだこのジャンルは死んでいないな、と思える。

 長くなってしまった。まだ登場人物がどうの、物語がどうのといった個別具体的な感想は尽きないのだけれど、それをここで披露する様な無粋は避けよう。何よりまだ仲間内で読了の報告が無いので迂闊な事が書けないというのもある。というわけで、これを読んだ仲間内の諸兄は早くやるとよい。まあ既に自分が言うまでもなくやっているとは思うけれど。

 

テーマ : レビュー・感想
ジャンル : ゲーム

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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