疾走する文学・舞城王太郎『煙か土か食い物』『暗闇の中で子供』

  

 舞城王太郎氏の書く小説は走っている。常に走り続け、留まるという事がない。それは物語の結末に向けてスピードを上げて行くという様な計算されたペース配分ではなく、ただ走る事が目的なのだと言う様に。氏の小説を読む時にいつも感じる事だが、彼の作品は小説や文学というよりもどこかロック的な気がする。物語も謎解きも本来は二の次で、登場人物と作者本人が走り続ける事が目的なのだと。

 自分が舞城王太郎氏の作品を初めてまともに読んだのは、『ファウストVol.1』に掲載された『ドリルホール・イン・マイ・ブレイン』だった。物語や登場人物がどうこうというよりも、自分はまずその疾走感に打ちのめされた。これはもう小説というよりも暴力の類だ。一人称で畳み掛ける様な文体は独特だったし、そこで表現される暴力や怒りは荒れ狂う様だった。その独特の作風は『煙か土か食い物』『暗闇の中で子供』でも変わらない。登場人物達は作者がそうである様に最後まで走り続ける。そこには時に暴力があり性描写があり登場人物達の苦悩がある訳だが、それらを全て抱えた上でなお彼等は走り続ける。

 有名な作家には後に続こうとする人間が現れるものだ。それはヒット作が現れた後の公募新人賞に、雨後の筍の様に似た様な設定の物語が応募されて来るのと似ている。それは時にオリジナリティの欠如とかオマージュとかリスペクトとかインスパイアとか、もっと酷い言葉で言えばパクリとか言われるものだが、自分が知る範囲で舞城王太郎氏に続こうとか、彼の作風をパクろうとする人間は現れなかった。思うにそれは彼の速度に追い付く事が容易ではないからではないか。

 ライトノベルの公募新人賞の応募作品数は増え続けているという。その中である人は西尾維新になりたいのかもしれず、またある人は奈須きのこになりたいのかもしれない。伏見つかさになりたい人もいれば、冲方丁になりたい人もいるだろう。他人の作品を丸々パクるのは褒められた事ではないが、憧れを抱く作家の作風を模倣する程度の事は誰でも意識的に、或いは無意識にやる事だ。だが舞城王太郎氏の作品は、その程度の理由で模倣される事を拒む様に前へ前へと走り続ける。自分の後ろから同じ道を走ろうとする事はいい。フォームを真似する事も構わない。ただそれで自分の速度に追い付けるとは間違っても思うなよ、とでも言う様な。まあこの辺は自分の思い過ごしかもしれないが、少なくとも自分は今まで「ああ、この作風は舞城王太郎的だな」と思う様な第三者の作品に出会った事はない。独特すぎてパクれないのか、パクったらパクったで誰からパクったか一目瞭然になってしまうから誰もやらないのかは判断が難しい所だが、恐らく他人がちょっと真似てみた程度であの疾走感を再現する事は難しいだろう。試しにちょっとやってみるか。成功するかどうかは別として。


 これまで自分語りというものをやった事が無いのでどこから書き始めたものか迷うのだがこれでも昔の自分は結構なワナビだった。ワナビ。ここでは作家志望者という事だがワナビなんていうのはまあはっきり言って蔑称で、それを自分自身に使うって事は自分で自分の過去を嘲り笑う事になるのだが実際今思い返してもイタい過去なので仕方がない。小説好きだった自分は沢山の本を読み漁っては妄想を膨らませ、気に入った作品から受けた影響を頭の中で切った貼ったした程度のものを自分のオリジナルだと勘違いして書き殴ってはそのあまりの酷さに辟易するという何が楽しいのか分からない遊戯に没頭していた。当然自分の書くものに自信なんてないから誰にも読ませないしどこにも発表しない。今の自分からすればそんな非生産的な自慰行為はそれこそ一人で死ぬまでやってろよとしか言えない訳だが若気の至りとは恐ろしいもので書いた中の何作かは友人の手に渡ったり知人が発行した同人誌に掲載されたりもした。その他にも何を血迷ったか出版社が公募したとあるゲームを題材とした二次創作作品の募集企画に我こそはの勢いで原稿を送り付けた過去もある。結局その時は企画そのものが潰れたらしく、受賞作の雑誌掲載や一次選考通過作品の発表もないまま原稿もどこかに消え去って帰っては来なかったし企画が潰れたという公式なアナウンスも遂になかった。全ては無かった事になり自分がそれなりに苦心して書き上げた作品或いはゴミも本当の意味で燃えるゴミ扱いされる事になった訳だ。まあそれはいい。企画が潰れた原因にしたってきっと応募作があまりにも少なくて選考以前の問題だったか応募作の質がどれも酷くて下読みをしていた担当者がアスピリンの空箱と一緒に全てまとめてゴミ箱に放り込んだかのどちらかだろう。或いはその両方か。とにかく当時の事を思うと時間旅行をしてでも過去の自分を探し出しその腐った脳みそがグズグズになるまで頭蓋骨の中を電動ドリルでかき回してやらなければ気が済まなくなる。しかしどんなに強く願っても生憎と今はその術がない。
 当時自分は本当に物書きとして成功したかったのか。誰かに認めてもらいたかったのか。新人賞をものにして憧れの作家と同じ舞台に立ち人気や発行部数や文学賞の賞レースなんかで競争したいと思っていたのか。それが出来ると思っていたのか。社会の中でお前は何者なんだという問いに胸を張って作家だと答えられる様になりたかったのか。どこまで本気だったのか今となっては疑問だ。自分が本当の意味でワナビであったのならなりふり構わず誰かをパクるくらいの事はしておくべきだったのだ。今の自分なら当時の自分に言ってやれるだろう。お前が本当にやらなければならないのは成功するかどうか定かではないオリジナリティなんていうものに固執する事を今すぐにやめて自分が考えるオリジナリティや独自性なんてものはこれまで憧れを抱いた作家達と彼等の作品群のパッチワークなのだと認めた上でもっと上手くパクる方法を考える事だ。誰だって最初は模倣から始まるものだ。芸術作品にしろ何にしろ。絵画の世界には模写というものがあるし彫刻の世界にだって模刻というものがある。お前がまずやるべき事は優れた作品を真似する事でその構造を把握する事だ。その作品の何が素晴らしいのか。何が自分を虜にしているのか。真似する中でそれを突き止める事だ。お前が本当に彼等と肩を並べたいと願うのなら。そして物書きとしての基礎体力を付けてからそれでもまだ自分独自の文体を作り上げ一切他人の手を借りずに自分だけの作品を書かなければ気が済まないと言うのならそうすればいい。その頃にはあれこれと他人の真似をした事も全て血肉に変わっているだろうから。だがひとつだけ勘違いしてはならないのは物語の主題だけは自分の中からひねり出さなければならないという事だ。別にジャンルをパクろうと文体をパクろうとテクニックをパクろうとかまわないがその中で訴えなければならないテーマは自分自身の中になければならない。そこまで他人からパクらなければ何も書けないというのならそいつはもう何も書くべきではないし仮に何か書いたとしてもそんなものに価値はないのだ。まあ今更こんな事を書いてみたところで全てはもう遅いし過ぎた時間は戻って来ない訳だが。
 結局自分に足りなかったのは何だったのか。努力か実力か才能か運か。答えはその中のどれでもあり、またどれでもないのだろう。自分に決定的に足りなかったのは速度だ。そして疾走し続ける意志だ。ロケットが地球の重力を振り切って宇宙に飛び出して行く様に作家なんていう見果てぬ夢を目指そうとする奴は一瞬たりとも立ち止まってはならないのだ。立ち止まったら最後重力に捕まって落ちて行くだけなのだ。それが半端者の末路だという事を恐らく舞城王太郎は知っているのだろう。だから彼は立ち止まらずに走り続けるのだし自身の作品の登場人物達にも同じ様に走り続ける事を要求する。このクソみたいな世の中で困難や挫折や迷いといったもの全てを解決するのは速度であってその他にはないからだ。真綿で首を絞める様に自分を取り囲むあらゆるくだらないものはどんな事をしても消え去る事はないが自分がそれらを置き去りにして加速する事は出来るのだ。追い付けるものなら追い付いてみせろ。自分を取り込めるものなら取り込んでみせろ。心の中で常に中指を突き立てFワードを連呼しながら走り続ける事。それだけがこのクソッタレな世界の中で自分を失わないでいる為の方法だ。


 ……しかし自分は既に走る事をやめた人間なのでこの辺でいつもの自分に戻る。いつも通りの、のろのろと迷いながら歩き続ける自分に戻る。自分は奈津川四郎でもなければ三郎でもないし、ましてや舞城王太郎でもないからだ。自分には彼等の様に走り続ける事はできない。ただそんな自分であっても小説を読んでいる間は彼等の様に加速する感覚を味わう事ができる。情けない話だが今の自分にはこの辺が精一杯といったところだ。
 自分はこうして今日も小説によって生かされる。それを読む事、それに触れる事によって生かされる。今までもそうだったし、きっとこれからもそうだろう。

 ちなみに上の文章は一応フィクションという事で。どこからどこまでが?なんていちいち説明はしないけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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