好きな設定全部乗せ・手島史詞『飛べない蝶と空の鯱 ~たゆたう島の郵便箱~』

 

 ……5月。連休の余波で仕事が忙しいだろうとは予想していたけれど、まさかここまで本が読めないとは予想もせず。ようやく読めた本作は、ひとつの世界にこれでもかと設定を詰め込んだ欲張りな一冊だった。例えるならラーメンのトッピング全部乗せ。
 話は脱線するけれど、あのラーメン屋でよく見かける「全部乗せ」って自分はやった事が無い。あれもこれも全部入っているっていうのが売りなのだろうけれど、何となく全体としてどれがメインの要素なのかわからなくなりそうだ。で、自分は結局シンプルなものを注文する訳だけれど、確かにあの「美味しそうな具材がこれでもかというレベルで全部入っているぎっしり感」はちょっと興味を引く。食べきれなさそう、という部分も込みで。

 話を元に戻す。ファンタジーを書くという事は、その世界を一から全部作るという事だ。そこがどんな世界で、どんな国があり、どんな人々がどの様に暮らしているのか。それらを全て作者が考え、構築して行く。「こんな世界観で物語を書こう」と作者が想像した結果、様々な世界が創造され、そこに暮らす登場人物達が生まれ、彼等の物語が生まれる。その時に、作者が好きな設定を全部乗せにすると大抵は破綻するのだけれど、それをやりたくなる気持ちは、一度でも創作行為をしてみた事がある人にはよく分かるだろう。それが学生時代の黒歴史レベルのものだったとしても。何せこの自分が世界を創造するのだから、自分の「好き」を全部入れ込みたい。結果想像は妄想レベルに膨れ上がり、広げた大風呂敷は畳めないレベルになり、素人が考えた世界と物語は破綻する……事もある。それをまとめて、作品という形にして世に送り出す事が出来る人間がプロになるという事なのだろうけれど、では自分の実力に見合った「最初から無難にまとめる事を想定した世界観」で書けばいいのかというと、それでは何とも味気ない。「これが好き」「これが書きたい」という欲求は厄介なものだ。さて、それを踏まえた上で、本作はどんな世界なのだろう。

 この世界の空は二つに分けられている。天高く見果てぬ群青に広がる『蒼界』と、その下を覆い尽くす<霧>に閉ざされた『雲界』だ。雲界の<霧>の中には『霧妖』と呼ばれる巨大な魔物が住んでいる為、人々は近付く事が出来ない。人間が住む事を許された世界は、蒼界に点在する、空に浮かぶ島だけだ。
 その島と島を結ぶのは大型の交易飛行船と、特別な手紙『封書』を預かって飛ぶ『武装郵便屋』が駆る『翼舟』だ。武装郵便屋の少年ウィルは、ある事をきっかけに高所恐怖症になってしまった少女ジェシカと共に、互いの欠点を補い合いながら空を飛ぶ。いつか交わした約束を守る為に。

 ……と、ここまでがおおまかな世界観なのだけれど、ここからさらに設定は増えて行く。人間に対して毒性のある<霧>を利用して様々なものを生み出す『霧鍵式』という技術。『霧鍵式』によって作られた『霧鍵機関』は機械の様なもので誰にでも扱えるが、『霧鍵式』そのものを操る『霧鍵士』は特殊な才能が要求される限られた人間であり、半ば魔法使いの様なものだ。そして『封書』はただの手紙ではなく、それを書いた人間の記憶や感情をそのまま相手に追体験させる事が出来る技術であり、その内容如何によっては争いの元ともなる……等々。自分は手島氏の書く作品を読むのは本作が初めてなのだけれど、何となく作者の趣味が分かる様な「全部乗せ感」だ。きっとこの作品とかあの作品とかが好きなんだろうなっていう。まあこれは単なる想像。

 という訳で、まるでトッピング全部乗せのラーメンの様に様々な設定が入り組んだ本作ではあるのだけれど、そこは流石に全部乗せただけの事はあり、ボーイミーツガールの要素もあれば恋愛模様もあり、「互いの欠点を補い合う二人」というバディものの王道もあれば、過去の事件にまつわる少々の謎もあり、純粋に冒険活劇でもあるという欲張りな作品に仕上がっている。確かにこれだけの要素があると、全体としてとっ散らかっている印象も無くはないのだけれど、そんなどこから味わうか目移りする感じもまた全部乗せを味わう上での醍醐味かもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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