それは自己犠牲ではなく・杉井ギサブロー『グスコーブドリの伝記』

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 『銀河鉄道の夜』というアニメ作品がある。もちろん原作は宮沢賢治氏の『銀河鉄道の夜』なのだけれど、アニメ映画になった銀河鉄道の夜は原作とはまた違う、独特の雰囲気を持っていた。
 自分がアニメ映画の『銀河鉄道の夜』を観たのは多分小学生の頃だった様に思う。その時は宮沢氏の原作も、ますむらひろし氏の漫画版も読んでいなくて、あらすじなどの予備知識を一切持たずに観た記憶があるのだけれど、何となく他のアニメとは違う独特の空気が漂っている感じがした。
 その『銀河鉄道の夜』を監督した杉井ギサブロー氏が、再び宮沢氏の作品である『グスコーブドリの伝記』をアニメ映画にしたと聞いて、これは観に行こうと決めていた。

 自分は本読みの割に読む本が偏っているので、『グスコーブドリの伝記』という作品について知ったのは幸村誠氏が漫画『プラネテス』の中で引用していたのを読んでからになる。その後すぐに『グスコーブドリの伝記』を読んで、『プラネテス』で語られた物語と『グスコーブドリの伝記』がどの様にリンクしているのかを知る事になった。(宮沢氏の書いた『グスコーブドリの伝記』については岩波文庫から出ている『童話集 風の又三郎 他十八篇』等で読む事が出来る)

 『グスコーブドリの伝記』はしばしば自己犠牲の物語であるかの様に言われる。確かにある一面ではその通りだし、その様に読む事が出来る様に書かれてもいる。しかし自分は、この物語は自己犠牲の物語である以上に科学者や研究者、技術者といった人々の行いが、他の多くの人々の暮らしを良い方向に変えて行って欲しいという願いを記した物語である様に感じる。

 宮沢賢治氏と農業との深い関わりについては周知の事と思うが、冷害という、通常人間の力では太刀打ち出来ない自然現象を相手に、何とか人々を救おうとするブドリの姿は、作者本人の姿とも重なる部分がある様に思う。今でこそ様々な肥料や農薬によって、昔に比べれば農家はある程度安定した収穫が見込める様になっているが、ここに辿り着くまでには数多くの人々の尽力があった。そうした様々な研究や挑戦の結果があって、今自分達は豊かな暮らしをする事が可能になっている訳だ。それはつまり、ブドリの様な志を持った方々が現実にいて、そうした人々の努力が今の成果に繋がっているのだという事だろう。それは自己犠牲の精神よりも尊い事だ。

 科学技術というのは厄介なもので、使い方を誤ると人を不幸にしてしまう事もある。だからそれに携わる人々に対し、その技術を、力をよりよい方向に使って欲しい、人々を助ける為に、人々の暮らしを良くする為に使って欲しいと宮沢氏は願ったのではないか。そして実際に、多くの人々の暮らしが豊かなものになって欲しいと。

 本作はこの原作をアニメ化する事で、原作ともまた違った『グスコーブドリの伝記』として成立している。原作の物語を忠実に映像化するのではなく、新たに脚本を書き、物語の構成も一部変えている訳だが、両者に共通しているのはこの「より多くの人々が豊かに、幸せになって欲しい」という願いなのではないか。そしてその為に力を尽くすブドリの様な人々がいて欲しいという祈りなのではないかと思う。

   

テーマ : 今日観た映画
ジャンル : 映画

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