約束を抱いて生きるという事・籘真千歳『θ 11番ホームの妖精』

  

 読んだ本の紹介というと、どうしても最近発売されたものが中心になりがちなのだけれど、今日は少し趣向を変えて2008年に刊行された本作『θ 11番ホームの妖精』について。いや、単純に読んだのが最近というだけなのだけれど。

 自分が籘真千歳氏の著作を読んだのは『スワロウテイル人工少女販売処』が最初で、その後続編となる『スワロウテイル/幼形成熟の終わり』を手に取ったのだけれど、デビュー作である本作『θ 11番ホームの妖精』についてはこれまで読む機会が無かった。

 自分の場合、新人作家さんに対するアンテナが低いので「デビュー作から読んでいました」と言える作家さんは実は少ない。だから敬愛する作家さんであっても、デビュー後何作目かでようやくその存在を知って、そこから既刊をさかのぼって読んで行くという事がままある。例えば冲方丁氏なら最初に読んだのは『カオスレギオン』だったと思うし、乙一氏の場合は『GOTH』だった様に思う。まあ音楽業界でよく聞く「インディーズ時代からのファンでした」みたいな物言いに何か意味があるのかというと疑問なのだけれど……と、これはまあどうでもいい話。

 上記の様な理由で、デビュー作を読むのが後になってしまった訳だけれど、確かに本作にはその後の作品に繋がって行く『芯』の様なものがあると思う。それは奇しくも本作の登場人物が『どんなに世界がくるくる回っても惑わされず、その真ん中でじっと自分を保つことが大切だと思うんです。自分というものを一本の線にして、まっすぐ曲げない』と語っていた通りに。

 もちろん月日が経つ事で社会は変容して行くし、世の中の価値観も変わって行く。そして作家自身も同じ様に変わって行くだろう。あの3.11の後、世界は「くるくる回る」を通り越して、これまでの価値観がひっくり返される様な事態に見舞われているけれど、しかしながら、作品を貫くテーマ、言い換えれば作家性というものが変わらずに存在している事、古びてしまわない事が、作品の強度になっている様に思う。

 さて、本作は『約束』の物語だ。『東京駅の11番ホームで会おう』という約束。その約束を胸に生きる事を選択した者の物語。それはきっと果たされない約束なのだろうけれど、約束という言葉を『願い』と言い換えるなら、人が何かを願って、そして自分の生き方を選択する時、その願いが本当に実現可能かどうかという事はどうでもいい事なのかもしれない。

 普通、約束は誰かとするもので、守られなければ意味が無いのだろう。しかし約束が願いになる時、人はそれを信じて生きて行く事が出来る。たとえそれがもう叶わない類の願いであったとしてもだ。時として背負ったそれが重荷になる事もあるのだろう。それでも人は何かを願う事を止める事は無い。何故ならばこの狭量な世界の中で人が前に進んで行く為には、自分が信じられる何かを見付ける事が必要だからだ。それが現実に叶うかどうかは別として、心から信じる事が出来る、捨てられない願いが必要だからだ。それがやがて今の自分を形作る『芯』の様なものになって行く。

 世界は今日もくるくる回る。その中で自分は曲がらない直線でいられるだろうか。そんな事を思いながら目を閉じた。

 ※2014/07/26追記 ハヤカワ文庫JAより本作の完全版が刊行されました。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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