日々を生きる僕らの武器・amazarashi『爆弾の作り方』

 

 唐突だけれど、自分は中二精神っていう奴は意外と必要なんじゃないかと思っている。何に必要かというと、多分生きて行く上で。

 よく言われる『中二病』とか『厨二病』っていう奴は、今ではかなり広義な意味で使われていて、中学二年生頃、つまり思春期特有の自意識過剰やコンプレックスの裏返しから来るイタい言動のみならず、思春期をとっくに過ぎた大人達がたまに見せる年齢相応ではない青臭い言動や、中二的精神や価値観から生まれる表現全般を指す言葉でもある。で、大抵の場合そうしたものは他の大人から呆れられ、嘲笑される。それが「いい加減大人になれよ」っていう奴で、その言葉に対して「じゃあ、あんたがたが言う『大人』って何なんですかね?」と質問で返してしまう様な精神構造が、それこそ『中二』っていう奴なんだろう、きっと。

 部分的にではあるにせよ、精神構造が中二止まりという事が、大人として社会生活を営む上でどれ程の障害になるのかは知らないし知った事でもないが、本当の中学二年生が考える様に「『大人』と『子供』の間が断絶していて、両者はもう違う生き物なのだ」と言えるのかといえば、当然の事ながらそんな事はない。大人はかつて子供だったのだし、ある日を境に大人という別の生き物に変わるなんていう器用な事は出来ない。言い換えれば、そんな事が出来るのならこんなに苦労はしていない。まあいいんだけど。

 人間は変わるもので、子供はいつか大人になるものだ。それは何かの通過儀礼を経て、というよりも、周囲から大人としての振舞いを要求される年齢になれば、その心根がどうであれ、人は自然と大人として生きるしかなくなるという事だと思う。それを断固として拒否する事が『強さ』なのか『弱さ』なのかは見方によると思うけれど。

 ……と、ここまでが長い前置きで、何が言いたいかといえばそれは最近『amazarashi』の曲を聴いた、という事だ。『雨曝し』という言葉をバンド名にした事について、ボーカルの秋田ひろむ氏はネット上で公開されているインタビューの中で『日常、降りかかる悲しみや苦しみを雨に例えてつけました。僕らは雨曝しだが“それでも”というところを歌えたらなと思って』と述べている。なるほどね。
 シングルで曲を発売する事をせず、ミニアルバムとフルアルバムを何枚か出しているバンドなので、自分もとりあえず一通り聴いてみたのだけれど、良くも悪くも人を選ぶバンドだなという気はする。それこそ中学生ならともかく、例えば30代の自分の様な奴が、フルアルバムの『千年幸福論』とかをぶっ続けで聴くのは結構精神的にくるものがある。同じフルアルバムでも『ラブソング』の方は割と聴き易い気がするのだけれど。

“未来には期待しないよ 息も出来ないよ 夜の闇の中 不安で眠れない
 愛されるだとか 愛するんだとか それ以前に僕ら 愛を買わなくちゃ”

“急いで買いに行かなきゃ 誰よりも多く買わなきゃ
 奪ってでも手に入れなきゃ
 愛を買わなくちゃ”

 『ラブソング』より

 ……まあ聴き易いと言ってもこんな歌詞なんだけれど。
 世に溢れるラブソングに対する皮肉として出来た曲だそうなのだけれど、愛とか恋とか、そういうものを歌った歌ですら値段が付いて店頭に並ぶ商品な訳で、更に言えば愛そのものだって金で売り出される時代に、自分達は金を払ってそれらを買い漁っているのかと思うと溜息が漏れる。「いつから愛や、愛の代替品は商品化され、金で買える様になってしまったのか」というよりも「昔からそれらは売り物としてあって、それが『金で買える』事に自分達が気付いたのがいつだったのか」という事の方が問題なのかもしれないけれど。

 この様に、歌詞に特徴があるというか、全体的に厭世的なのに、どことなく中学生の様な潔癖さを感じさせる所が彼等の持ち味なのだろうけれど、数ある彼等の曲の中で自分が最も共感したのは『爆弾の作り方』という曲だった。

“行き場の無いイノセンス イノセンス 今に見てろって部屋にこもって
 爆弾を一人作る 僕らの薄弱なアイデンティティー”

“許されない僕等が 許されるための手段
 傷つきやすい僕等が 身を守るための方法
 僕は歌で 君はなにで?
 僕は歌で 君はなにで?”

 『爆弾の作り方』より

 爆弾っていうのは武器で、当然敵と戦う為にある。じゃあ自分達が戦うべき敵って誰だよ、という事になるのだけれど、大抵の場合その正体は漠然とし過ぎていてわからずじまいだ。ただ、彼等が生き残る為の方法として歌を歌う様に、自分はここでこうして誰の目に留まるとも知れない文章を書いている。だからきっとこれが自分にとっての爆弾で、生きて行く為の武器なのだろう。

 ……随分増えたな、爆弾。

 もちろん自分が作るものだから、武器としても欠陥だらけで肝心な時に炸裂しなかったり、したとしても威力がショボかったりするのだろう。もし目の前に敵が現れたとして、そいつに通用するのかも分からない。それでも敵はいなくなってくれないから、自分もまた爆弾を作り続けて行くしかないのだろう……なんて、自分で書いていて中二的だなーと思うけれど、仕方ない。

 こうしてまたひとつ、爆弾が出来上がる。
 さて、また次の爆弾に取り掛かろうか。

 
  

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言いたいこと、分かります

かつてはamazarashiも僕らの側だったはず

> さん

コメントありがとうございます。

さて、昨年末、紅白歌合戦とか日本レコード大賞とかCDTVとか、様々な歌番組が放送され、自分も横目でそれらを観ていたのですが、最近のヒット曲がいつの間にか知らない曲ばかりになっていて愕然としました。確かにテレビ番組の主題歌だったり、CMのタイアップ曲だったりするので『聞いた』事はあるのですが、ちゃんと『聴いた』事は無い、という感じで。まあ自分がオッサンになっただけ、というのもありますが、自分の嗜好と今音楽業界を席巻している様な曲とが噛み合っていないのだろうな、とも思います。

こういう事を言うと怒られてしまいそうですが、自分は音楽とか歌に限らず、表現というものには『切実さ』があって欲しいと思っています。表現者の側が「それをしなければ生きて行けない」という位の切実さ。そして聽く側の心に突き刺さる位の切実さが。

『爆弾の作り方』の歌詞にも「アイデンティティー」という言葉が出て来ますが、表現というものは言ってみれば『自分が自分である為に』するものだと思うのです。だから周囲から認められなくても、無視されても、無価値だと言われてもやめる訳には行かない。もちろんamazarashiの歌は彼等の自己満足や自己実現の為だけにあるのではなく、商品として流通している訳ですが、それでも彼等の表現の根底にはそういう『自分が自分である為に』という部分がかなり強くある気がします。それは社会の中で生きて行く上で彼等が必要とした武器=爆弾なのでしょう。

自分なんかは別に文章を書く事を生業にしている訳でもないですが、それでもここにこうして文章を書いている時はどこかそういう切実さを持っていたいと思います。他人からの評価という部分は関係なく、自分の中で「書いても書かなくてもいい様な事」なら最初から書かなければいい。ぶっちゃけ「自分がここに何か書いたところでそれが社会や他の誰かにとって一体何の意味があるのか。そんなもの無価値じゃないのか」という思いもありますが、それでもここで自分の考えを書き残そうとするのは、それが自分にとって本当に必要だからです。生きて行く上で。

長々と書きましたが、amazarashiの歌に限らず、人間は皆多かれ少なかれそういう切実さを抱えて生きているのでしょう。だから自分達は皆同じ戦場で戦っているのだと言えます。各々が、それぞれの敵を前にして、自分だけの武器を持って戦っている。そう考えれば、自分もまだ何とかやれるような気がしてくるのです。

No title

読みました。
頭が悪いのでうまく文章にできませんが、
すらすら読めて、読んだ後に読んで良かったと思いました。

> さん

コメントありがとうございます。
丁度ここ最近、amazarashiのニューアルバム『あんたへ』を聴いていたところでした。
曲も良いですが、限定版の文庫本型ブックレットが結構面白いんですよ。わざわざ表紙に『雨曝文庫』とか『雨曝社』とか書いてあって、本当の文庫本の様な装丁になっていますし、所々雨(もしくは涙?)に濡れた様な印刷になっていたりもして。

さて、頂いたコメントを読んでいて思ったのですが、『頭の良し悪し』って結局何でしょうね?
自分はここでこうして文章を書いていますが、長々と文章を書ける事が頭が良いという事なのかと言えば当然そんな事もなく、むしろこんなまとまりのない長文をネット上に垂れ流している自分の頭の悪さに途方に暮れるばかりです。コメントを頂いてから自分の書いた文章を読み返してみて、改めてそう思いました。書いた張本人ですらそんな風に思う様な文章をすらすら読めるのですから、「頭が悪いので」なんて自分の事を卑下する必要なんて無いですよ。

自分の場合、長文を書く事は苦にならないのですが、逆に調子に乗って長々と書いた結果、何を言わんとしていたのか最後には自分でもさっぱりわからなくなってしまった、なんていう事が多々あります。そんな自分とは逆に、短い言葉で相手にちゃんとメッセージを伝える能力がある人も世の中にはいて、何とか自分もそうなりたいな、と思うのですがこれがなかなか難しいです。

つまり、何が言いたいかといえば、どんな長文よりも「読んで良かったと思いました」という一文の方が、自分にとっては嬉しかったという事です。ほら、これだけ書けば良いのにまたこんな長文になってしまうのが自分の悪い所。
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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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