キャラクター小説としての魅力・岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』

 

 『その謎、たいへんよく挽けました』

 コーヒーミルのハンドルを回しながら名推理を披露する女性バリスタ、切間美星を中心人物とした本作は、殺人事件の様な大掛かりな事件ではなく、彼女の周囲で起こる、日常の中のちょっとした事件を取り扱った連作短編のミステリー小説だ。主人公は理想のコーヒーを追い求める内に彼女と運命的な出会いを果たす事になる。

“良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い。”

 上は作中冒頭で引用されているシャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールの言葉だ。切間美星がバリスタを務める珈琲店<純喫茶 タレーラン>の名前もこの伯爵の名に由来する。この言葉を聞いて静かに頷くか、コーヒー一杯に何と大袈裟な、と思うかでその人の嗜好が分かる気がする。

 さて、自分はというと、こういうのも何だが間違い無く後者に属する。コーヒーについて詳しいか、こだわりがあるかと言われると決してそんな事はなく、むしろ味に疎い方だ。缶コーヒーはそれなりに飲む方ではあるけれど、味の違いにこだわりがある訳でもなく、何となくその時の気分で選んでいるだけだし、たまにスターバックス等に行くとメニューのあまりの多さと複雑さに辟易する。もっと言えば、ドリップコーヒーとインスタントコーヒーをそれと知らされずに出されたら、間違い無く両者の区別が付かない自信がある。いや、自慢する所ではないけれど。更に、ミステリー小説という奴も実は苦手な部類に入る。

 自分はとにかく推理という奴が苦手な人間で、小説はもちろん漫画やテレビドラマ、映画に至るまで犯人を言い当てられた例がない。誰が真犯人なのか、トリックはどんな仕掛けになっているのか等、考える事があまりに当たらない上に、ミステリー小説の中で叙述トリックがあれば十中八九作者の罠にはまる。その度に「うぐぁ」とか何とか呻き声を上げるはめになるので、もう随分前からミステリーものを自分の頭で解き明かそうとする行為は放棄してしまっているのだ。もうここまで来ると『いかに気持ち良く騙されるか』という逆の楽しみ方に特化して行くしかない。我ながら難儀な読者だ。

 では何故そんな人間がコーヒーとミステリーという苦手なジャンルが組み合わされた物語を読んでみる気になったのかというとこれが単純な話で、『キャラクターが気に入ったから』という事に尽きる。特に名探偵役の切間美星は可愛らしい部分もある反面、主人公の間違った推理に対し、笑顔で『全然違うと思います』と返す等、ちょっと天然的な手厳しさを覗かせたりもする。キャラクター小説として魅力的である事。それが自分が本作を読む理由だ。個人的には次回作に繋がってくれると嬉しい。

 最後に蛇足。コーヒーの銘柄とか、淹れ方とか、そんなものに疎い自分の様な人間には、やっぱり「どこで、誰と飲むか」の方が重要だったりする。安いコーヒーをパーコレーターで淹れた様なものでも、キャンプに行って山で飲む時にはとても美味しく感じられるから。まあこんな事を言うとタレーラン氏の様なこだわりを持つ方々に怒られそうではあるけれどね。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon