閉ざされた輪の中で・上遠野浩平『コギトピノキオの遠隔思考』

 

 人が過去を振り返る時、そこには単に「昔を懐かしむ」というだけではなく、様々な目的がある様に思う。毎年終戦記念日が近付くと太平洋戦争に関連した番組が放送される様に、これからは毎年3月に東日本大震災に関連した番組が放送されるのだろうけれど、それは過去を忘れない為という以上に、過去の自分達の行いを振り返る事で、これから先自分達が進んで行こうとしている道が正しいのかどうか、自分達はこのままでいいのかどうか、これから先自分達はどうしたら良いのかを再確認したいという欲求があるからだと思う。自分達は意外と『反省』という奴が好きで――まあ、『反省』するだけで満足して『改善』に至らずに終わる場合が多いのは問題だとしても――事ある毎に過去を振り返っては、今現在の自分を見つめ直そうと試みる。

 東日本大震災が防災意識について反省を促し、原発事故がこの国のエネルギー政策のあり方に問題提起をした。そして衆院選が近付いて、自分達は過去の選挙において投じた一票がこの国にとってどんな意味があったのかを振り返ろうとしている。これから先の自分の行動指針とする為に。

 ただ、これもまた世の常として、自分達は過去の反省を即座に活かす事が出来ない。過去を振り返って『このままではまずい』と思ったとしても、社会や世界という奴は急に方向転換する事が出来ないから、そこに乗っかって生きている自分達もまた「間違っているかもしれない方向」に引きずられて行く。

 例えば原発問題にしても「使用済み核燃料を最終処分する場所が無い」という中で自分達は原発を稼働させ続け、放射性廃棄物の山を築いて来た訳だ。原発事故が起きる前まではその問題は無視され続けて来た訳だけれど、これから先同じ様な振る舞いが許される事はないだろう。しかしながら、その反省を踏まえたとしても、社会は今すぐに原発を全廃する事が出来ないでいる。「火力発電等に用いられる燃料コストの増加から電気料金の値上げが不可避なものとなれば、それが経済に与える影響を考慮しない訳には行かない」という立場の人もいるだろうし、もっと切実な問題として「この国に放射性廃棄物を地層処分できる様な場所があるのか。もしあったとしても地方自治体が受け入れてくれるのか」という問題もある。放射性廃棄物の最終処分については、「国内処分が不可能なので、原発保有国で国際的な取り決めをして、国外に受け入れ先を求めて行く」などという案も出ているが、自国で大量生産した放射性廃棄物の最終処分を国外に押し付けるという事が倫理問題としてどうなのか、という根本的な問題もある。自分達の経済発展の為に作り上げた『負の遺産』である放射性廃棄物を、金を払って見ず知らずの土地に埋めるという発想が既に常軌を逸している訳だけれど、そんな事を大真面目に語らなければ解決できない問題がある事を知りつつも、これまで自分達はより安易な道を選択してしまっていたのだろう。ではその過去を振り返って、反省して、自分達はこれから先どうするのかという話になる訳だけれど、物事は既に個人レベルの反省や心構えでどうにかなるスケールの話ではなくなってしまっていて、自分達はとりあえず目先の問題である経済の浮き沈みなどという瑣末な物事を心配していたりする。そして自分達の民意を反映して動かなければならない政治家は、この放射性廃棄物の最終処分問題について語ろうとすらしていないし、国民に選択肢を示す事も出来ていない。原発稼働の是非だとか、脱原発、卒原発、自然エネルギー・再生可能エネルギーへの転換等、耳触りの良い言葉が並べられる中で、一番語らなければならない問題は無視されたまま、この国は衆院選に突入しようとしている。それは空恐ろしい事だけれど、むしろここまで来ると恐怖を通り越して無力感しかない。自分達が過去を振り返り反省する事も、選挙で一票を投じて国政に民意を届けようとする事も、今こうして自分が福島で生きている事も全ては無駄なのか。自分達はまた同じ所をぐるぐると回っているだけで、進むべき先を見失っているのではないのかという様な。

 前を見て未来を見据えようとしても、後ろを振り返って過去に問題解決の糸口を探そうとしても、全ては閉ざされた輪の中にいるかの様に不確かなものでしかなくて、気が付けば自分達はまた壁に囲まれ、前に進めなくなっている。それを壊すのか、乗り越えるのか、迂回路を探すのか、諦めてうずくまるのか。自分達はどうすればいいのか。それはわからないままだとしても、今日も世界はそんな自分達の事情など斟酌せずに回って行くし、そこに乗っている自分達もまた何処かに運ばれて行く。「じゃあ結局どうすればいいんだよ」という答えを探そうにも、手がかりはあまりにも少ない。八方塞がりだ。そんな中で自分が出来る事といえば、「それでも悩み、考える事をやめない事」位しかないのだろう。それが何になるんだと言われれば返す言葉も無いが、正直今はそれしか出来る事がない気もしている。具体的に言えばそれは「無駄なのではないかと思っても選挙には行く」とか「誰も選びたくないと思っても誰かには票を入れてくる」という事になるのだろう。出来る事が限られているのなら、出来る事までは全力でやらなければならない。そうしないと自分達はもう本当にどこにも進んでは行けなくなる。そんな気がするから。

 (で、何だかんだ言っても結局今回も答えは見付からないままってワケだな)
 (そんな簡単に答えが見付かるなら最初からこんなに悩んでないって)

 BGM“PAPERCUT”by LINKIN PARK

 

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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