ハイライトに込めた願い・靖子靖史『ハイライトブルーと少女』

 

 喫茶店や公共交通機関等がどんどん禁煙化されて行く昨今、愛煙家は何かと肩身の狭い思いをしている事と思う。自分は煙草を吸う習慣は無いのだけれど、かつては両親がヘビースモーカーだった事もあって、煙草の煙には慣れてしまった。だから隣で誰かが煙草を吸っている、という事にもさほど嫌悪感はない。もっとも、そんな両親ですら禁煙外来に通って煙草をやめたくらいだから、喫煙・受動喫煙=健康被害という認識も相当広まっているのだろう。まあ単純に煙草が値上がりしたという事もあるだろうけれど。

 さて、煙草を吸わない自分だけれど、煙草を売っていた事はある。昔コンビニでフリーターをやっていた頃の話だ。煙草を吸っている人にとっては常識という事でも、煙草を吸わない人間にとっては馴染みがないという事は色々とある。まずは煙草の名前を覚えないと話にならない。一応コンビニでは煙草に番号を割り振っているから「何番の煙草を下さい」と言われればわかる様になっているのだけれど、大抵の人は銘柄で注文をするから結局覚えない訳には行かなくなる。それも正式な商品名ではなく、略称で注文する人が多いので、それも覚える必要がある。いきなり『マルメンライト』とか『マルメラ』とか言われても、最初の内は理解できなかった。『マルキン』とか『セッター』とか『マイセン』とかね。『赤ラーク』とかは分かりやすかったけれど。更にウチの店は『中南海』みたいな若干マニアックな煙草も置いていたっけ。
 そういえば当時、煙草のパッケージの問題で「同じ銘柄でも『ソフト』と『ボックス』では味が違う」という話をよく聞いた。実際に同じ銘柄でも必ずボックスを買う人や、逆にソフトしか買わない人もいた。不思議なもので、そういう人達は仮に普段自分が買う方が品切れしていても、決して同じ銘柄のパッケージ違いは買わない。本当に味が違うのかどうか、煙草を吸わない自分には確かめようがなかったけれど。

 さて、昔話はこの位にして、本作『ハイライトブルーと少女』について。
 正直、買った理由の半分以上はこの題名にある。ハイライトは当然煙草のハイライトで、表紙(というか講談社BOXなので箱絵)の少女はハイライトのカートンを抱えている。その背景もまたハイライトブルーだ。この装丁も好きだけれど、自分は『ハイライトブルーと少女』という題名だけで、何となく詩的な香りが漂う気がする。想像力を掻き立てられるというか。だからここであらすじについて詳細に語る事は避けたい。この題名に惹かれるものがあったら、ぜひ本作を手にとって欲しい。

 物語としては一応恋愛小説になるのだろうか。でも、自分の感想としては、男女間の恋愛という以上に、生きる事に不器用な人間同士が出会って、心を通わせる物語である様に思えた。
 生きるという事は単純な様でいて難しく、難しい様でいて単純だったりもする。どっちなんだよ、と言われそうではあるけれど、自分が言いたいのは『生きる』という事はままならないという事だ。器用に世の中を渡って行ける人もいれば、そうでない人もいる。色々な悩みや問題を抱えている人だっている。それは年齢を問わない。だから自分達は互いの年齢とか、職業とか、性別とか、そういったものを一旦脇に置いて、一人の人間として他者に向き合う事だってできる。同じ様に悩み、生きている、そんなある意味での同志として。だからこそ自分達は時に互いの心を通わせる事を求めるのではないか。それは時に友情と呼ばれるものになるのかもしれないし、またある時には恋愛感情に近いものになるのかもしれない。ただ確かな事は、自分達はそうやって互いを求めて行くという事だ。互いが、互いの助けになる様に。

 最後に。自分も昔は毎日煙草を売っていたけれど、『ハイライト』の名前の所以なんて気にする事は無かった。でも本作で初めてその意味を知って、いい言葉だなと思った。本作を象徴している気がするから。まあネットで検索すればすぐに調べられる事ではあるのだけれど、気になる方は本作を読んでみて欲しい。なぜ他の煙草ではなく『ハイライト』なのか。その意味がきっとわかるから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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