願いを託す星の様に・泉和良『おやすみ、ムートン』

 

 読み終えた時に、何だか切なさと同時に温もりの様なものを感じた。世界には残酷な事も、辛い事も、悲しい事もある。でも、それだけではない、という様な。

 ムートンはロボットだ。その体は小さくて、白いモコモコの毛で覆われている。まるでぬいぐるみの様だけれど、その小さな頭の中にはちゃんと心が宿っている。この世界に生まれたばかりのムートンは、人間の子どもと同じ様に様々なものを見て、感じて、人と触れ合って、言葉を交わし、心を通わせ、そして成長して行く。

 さて、このブログには特に書かなかったと思うけれど、実は今年、妹が結婚、出産した。つい先日まで生まれたばかりの甥を連れて実家に帰って来ていたのだけれど、赤ちゃんを見ていると本当に不思議な気持ちになる。その目にはこの世界がどんな風に見えているのだろうとか、どんな事を思っているのだろうとか。自分と妹は歳が離れているので「そういえば妹が生まれた時にもこんな事を思ったっけ」と懐かしい気持ちになった。妹と甥はひと月ほど実家にいたのだけれど、甥が日々成長していく姿を見ていると、何だか言葉では言い表せない様な気持ちが溢れてきた。今はまだ言葉も話せない甥は、お腹が空けば泣き、おむつが濡れればまた泣く。そして欲求が満たされると安心して寝てしまう。かと思うと時折不思議そうにじっと何かを見つめていたりもする。小さい手は何かを掴む様に元気よく伸びる。その足はいつか歩き始める為の準備運動をしているかの様に力強く動いている。眠っている時も、起きている時も、泣いている時も、きっと甥は精一杯何かを感じ取ろうとしているのだろう。そして、その事を自分達に伝えようとしている。

 そんな中で本作を読むと、ムートンの中にある心が、本当の人間の心と変わらないものである様に感じる。ロボットであるムートンは残酷な言い方をすれば「作りもの」であるのだろう。けれど、見方を変えれば人間の赤ちゃんだって親によって生み出されるものだ。親の願いがあって、子どもはこの世界に生まれてくる。ロボットであるムートンにもまた、親として彼を生み出した人の願いがあり、その願いを受け止める心がある。ならばその心を「作りもの」として断じる事はできない。この世界の中で、ムートンの心は彼を取り巻く人々の心と確かに繋がっている。まるで夜空の星々が連なって星座になる様に。

 大人になると忘れがちになってしまう事がある。例えばそれは自分が子どもの頃に何を思っていたか、何を感じていたかという事だったりする。子どもの様な感受性を持ったままで大人をやる事は難しい。世の中には矛盾があり、正しい事だけで生きて行く事は困難だからだ。人の心には本音と建前がある事。その表裏を使い分ける事。自分の本心を悟られない様にする事。言いかけた言葉を飲み込む事。斜に構えた様な態度で物事を受け流す事。仕方がないと諦める事。そんな事ばかりが上手くなって、大人はもっと大切な事を忘れる。そして子どもを前にして、そんな自分に気付くのだ。

 生きて行く事は困難で、それはきっとこれからこの世界に生まれてくる命だって同じ事だ。自分がそうだった様に。自分の甥がきっとそうである様に。それがわかっていても、というか、わかっているからこそ、親は子の健やかな成長を願う。それがいつか、自分がこの世界にいた事の意味になってくれるから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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