戦い続ける弱者達へ・和泉弐式『VS!!3 ―アルスマグナの戦闘員―』

 

 1巻の感想はこちらに。

 さて、悪の組織の戦闘員を主役にした本作もこの3巻で完結となった。前回『好きなライトノベルを投票しよう!! 2012年下期』への投票用エントリを書いた時に、2巻である『VS!!2 ―史上最悪の怪人―』を挙げるかどうか迷ったのだけれど、物語が3巻へ続く様な終わり方だったので、結末を読むまでは自分の中での評価が固まらなかった為に見送った。では、結末を読み終えての感想はというと、最後まで新人作家らしい熱量があって良かったと思う。

 ライトノベル作品は数多くあれど、最近は『熱血』を感じさせる主人公があまりいない様な気がする。まあ自分も出版される全ての作品を網羅している訳ではないので、単純に自分が読む様な作品にそうした主人公が少ないだけなのかもしれないけど。
 本作の主人公である戦闘員21号、愛称ニーイチはシリーズを通して『絶対に勝てない相手との戦い』に挑み続けた。ニーイチの性格が熱血漢という訳ではないのだけれど、その諦めずに挑み続ける姿勢は確かに『熱血』を感じさせるものだったと思う。
 普通の特撮ヒーローものなら、悪の組織の戦闘員が主人公側である英雄に勝てる見込みは無い。戦闘能力が違い過ぎるし、その能力差は努力や根性で埋まるレベルではないからだ。では本作においてニーイチ達が英雄と戦う事は無駄なのか。無謀なのか。無価値なのか。その答えは、本作にある。

 さて、自分は最近気付いたのだけれど、以前からネットスラングとして『スペック』という言葉がある。匿名掲示板等で、自分の年齢や性別、身体的特徴や趣味嗜好等を書く際に「自分のスペックは~」などという書き方をするそうなのだけれど、スペックという言葉は本来『仕様』という意味だそうで、それが転じて「マシンスペック」「カタログスペック」等、そのものの『性能』を指す言葉として使われる様になったのだそうだ。自分に対してスペックという言葉を使う時、そこに「自分の性能」という意味があるのかどうかはわからないが、仮に各々が自分の性能というものを持っているとすれば、そこには当然他者と比較した場合の『性能差』が存在する事になる。自分について語る時に「スペック」という言葉を使う人々は、その性能差というものについてどう考えているのだろう。

 仮に人間のスペック=性能というものがあるとして、それがマシンスペックの様に最初から定められたものであり、個人の努力で埋め合わせる事が出来ないものであると受け止めるなら、この世界で生きる事は常に勝ち目のない戦いを強いられる事と同意なのだろう。自分よりもハイスペックな人なんていくらでもいる。そんな中で戦う事=生きる事を、「最初から性能が違うのだから」と諦める事は簡単だが、生きる事を諦めるのならその先にあるものは自分自身が腐って行く様な泥沼に沈み込んで行く道だ。

 以前『ドラゴンキラーあります』の感想を書いたけれど、その中でも書いた通り、たとえこれから先もずっと勝ち目がない戦いが続くのだとしても、自分達は戦う事=生きる事自体を放棄する訳には行かないのだろう。仮に負け続ける結果になったとしても、無様だとしても。自分のスペックがどんなものであれ――強者であれ、弱者であれ――自分達は同じ世界の中で生きて行かなければならないのだから。

 自分だってきっとこの世界の中では戦闘員みたいなもので、他者に誇れる様な強さを持っている訳ではない。戦っても勝ち目がない相手なんていくらでもいるだろう。それでも続く日々を生きて行く為に何が出来るのか。どうあるべきか。きっと本作はその事を問うている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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