萌え小説と侮るなかれ・黒史郎『未完少女ラヴクラフト』

 

 クトゥルフ神話の始祖であるH・P・ラヴクラフトを少女として描いてしまったというある意味怪書。説明がこれだけだと何だかありきたりな設定の様に思えるけれど、単なる「あの~が実は女の子でした」的な話にならない様に、設定は丁寧に作られている。この表紙といい、単なる「悪ノリで一冊でっち上げました」というだけの作品ではない。

 日本の『萌え文化』という奴は結構節操がなくて、何でも萌えキャラ化して消費してしまう部分がある。三国志の登場人物がことごとく女の子として登場するアニメだかゲームもあった気がするし、本作と同じクトゥルフ神話ネタを扱った作品にも逢空万太氏の『這いよれ! ニャル子さん』という前例がある。自分は読んだ事が無いのだけれど、まあニャルラトホテプはそもそも人間ではないし、何せ『無貌の神』であるから女の子として登場する事もあるだろう。何よりこれだけヒットし、アニメ化もされているとなればそれだけ需要はある訳だ。自分はこの手のネタを見る度に思うのだけれど、元々のキャラクターがどんな人物であれ、(或いは人間ですらなかったとしても)それを女の子化して萌え要素を付加する事が可能であるという事実に驚愕する。

 ただ、ヒット作が出たからといって同じ様な設定の作品が乱造されるとそのジャンル自体が飽きられ、衰退する事も起こり得るし、何より後続の作品は「二匹目のドジョウ」を狙っただけの作品とみなされて低い評価を受ける場合もある。そうならない為のさじ加減が重要になってくる訳だが、本作もまた『這いよれ! ニャル子さん』から波及したクトゥルフ神話ブームに乗っかった単なる二番煎じにならない為に設定を練り上げている。

 まず、本作はラブコメでもラヴクラフトコメディでもなく、冒険ファンタジーとして成立しているという事。主人公の少年、カンナは少女と間違われる程の体格と気弱な性格の持ち主だったが、あるきっかけにより異世界スウシャイへ召喚されてしまう。そこで彼が出会う事になるのは自らをラヴクラフトと名乗る少女だ。カンナが暮らしていた現実世界では男性作家である筈のラヴクラフトが、なぜこの世界では少女なのか。そしてカンナは魑魅魍魎が跋扈する異世界スウシャイから、元の世界へ帰還する事が出来るのか。その冒険譚が本作のメインストーリーになる。もちろんラヴクラフトを少女として描く以上、そこに萌え要素が付加されている部分はあるけれど、最初はどんな怪異を見ても卒倒する位気弱だったカンナが、旅をする中で成長して行く所などはむしろファンタジーの王道とも言える。

 本作は少女ラヴクラフト(愛称ラヴ)を可愛らしく描くという部分と、それはそれとして物語は冒険ファンタジーとして成立する様に設定を作り込むという部分のバランスが取れた作品だと思う。本書の題名がなぜ『少女ラヴクラフト』ではなく、『未完少女ラヴクラフト』なのか、という部分にもその設定の丁寧さがよく現れている気がした。ちなみに、クトゥルフ神話に対する知識があまり無い自分の様な読者に対しても、ページ下に用語解説があるので安心。もちろん元ネタを読んでおいた方がより楽しめる事は確実だろうけれど。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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