システムを信仰する者達・深見真『PSYCHO-PASS 上』

 

 TVアニメ『PSYCHO-PASS(サイコパス)』のノベライズ。作者である深見真氏はこのアニメに虚淵玄氏との共同脚本という形で参加している。自分はアニメの方は未見なので比較は出来ないのだけれど、アニメ公式サイトのストーリー紹介で確認する限りでは、小説版もアニメ版のストーリーを追って行く形になっている様だ。(小説版の章題とアニメ版のサブタイトルが同じなので)細部の違いはあるかもしれないが、この上巻ではアニメ版の第1話『犯罪係数』から第11話『聖者の晩餐』までを収録している。
 単行本1冊で全22話予定のアニメの半分を消化する内容なので、どうしても少し駆け足になっている感があるけれど、それでも作品の持っている世界観は十分伝わるものになっていると思う。

 人間の心理状態や性格傾向を計測した数値、通称『PSYCHO-PASS(サイコ=パス)』によって、皆がその数値を基準とした幸福追求を行う様になった社会。人々はサイコ=パスの適正によって就職先や恋人を選ぶ様になり、定期的なメンタルケアによって自分のサイコ=パスを健全に保つ事に余念がない。街頭にはサイコ=パスを測定するセンサーが張り巡らされており、常に人々を監視している。
 この世界では犯罪者もサイコ=パスの『犯罪係数』と呼ばれる数値で事前に判別される。まだ犯罪行為を実行に移していなくとも、犯罪係数が一定以上となった人間は『潜在犯』として裁かれる。更に犯罪係数が一線を超えた者は「更生の可能性無し」としてその場で処刑されるか、収容施設に隔離される事になる。以前、マイケル・ストーン博士の『何が彼を殺人者にしたのか』を紹介したけれど、そこでも示されていた様に、犯罪者の凶悪性を数値化し、レベル分けしようという試みは現実に行われている。本作ではサイコ=パスを解析する事で、犯行前に潜在犯を特定する事が出来るまでに至った世界を描いているわけだ。
 こうして人々を管理するシステムは『シビュラシステム』と呼ばれているが、厚生省が管理するそのシステムの実態や、システムの管理者についてはまだ語られない。

 本作で描かれる様な管理社会が実現する可能性がどの程度あるのかは分からないが、社会全体を管理するシステムというものにも、それを管理する者が存在する筈だ。「システムそれ自体が人間の知性を凌駕する超高度AIであり、人の手を離れて自立している」という可能性もあるが、もしそうでないのなら、本作はシビュラシステムを管理する権限を持つ人間の意図が社会を統制する世界であると言える。もしくは、伊藤計劃氏が『ハーモニー』で描いてみせた様に、特定の人間の意思ではなく、社会全体が漠然と共有している全体的な意思、公共意識や社会的なリソース意識によって駆動される、自縄自縛の世界なのかもしれない。いずれにせよ人々はかつて自己判断してきた事の多くを、システムに外注して生きる事を受け入れている。自分がどんな仕事に就くべきか。どんな人と付き合うべきか。そして善悪を、正気と狂気を分ける境界線をどこに引くかという事まで。それを目にする自分達の中には、過度にシステムに依存する事への忌避感もあるが、一方でもし実際にそんな世界が実現してしまったら、本当は楽なのではないかという思いもある。

 自分はカルト的な新興宗教が流行る度に思う事がある。それは、「実は自分達は個人としての自由意志なんて求めていないのではないか」という事だ。
 たとえばかつてのオウム真理教の様なカルトが事件を起こす時、自分達は「どうして信者はこんなあからさまに怪しい教祖や、その教えに引っかかってしまうのだろう」と思う。それを「馬鹿だから」の一言で片付ける人もいたけれど、信者の中には高学歴で一定の教養を身に付けている者もいたし、専門知識に通じている者もいた。組織的に行動し、犯罪に用いたサリンまで自力で作る様な人々が「馬鹿だから」騙されたのだというのは無理があると自分は考える。自分が思うのは、彼等の多くは自由意志を持っている事、即ち自分で判断し、自分の責任で決断をして生きる事に疲れ、それを放棄したかったのではないかという事だ。

 誰かに自分の事を決めて欲しい。生き方を指図して欲しい。幸せになる為の道筋を教えてもらいたい。アドバイスやカウンセリングではなくて、正解を教えて欲しい。断言して欲しい。「あなたはこの通りに生きて行くのが正解なのだ」と。そして新興宗教は安易な正解を用意してくれる。「あなたはこの通りに修行していれば必ず幸せになれますよ」と。そして修行して、教団内でのステージが上がって行くと人は安心する。「ああ、自分は今正解のレールの上を走れているんだな」と。まるでゲームの攻略法を手に入れたかの様に。良い事か悪い事かは別として、そういう生き方は楽だ。

 生きて行く事は決断の連続だ。人生の転機となる様な大きな決断だけではない。何を食べるか、何にお金を使うか、どうやって時間を過ごすかという事もその中には含まれる。出来る事なら幸せになりたいと自分達は願う。ではその方法は何か、正解とは何か、そもそも幸せとは何か、という時に悩みが生まれる訳だけれど、自分で判断するよりも確実な『正解』を知る事が出来るのなら、もう思い悩む必要はない。そこに自由はないかもしれないが、自由と引き換えに安心を手に入れる事を望む人だっているだろう。『幸せ』とか『成功』とか『安心』とか、そんな本来目に見えないものをシステムが数値化して教えてくれる様になった世界では、システムが新興宗教に取って代わるのだ。きっと。

 システムに依存した社会が崩壊する時は、そのシステムの信頼性が揺らぐ時だろう。人々は再び『正解』や『攻略法』の存在しない世界へ戻る事を余儀なくされる。自分で判断し、決断する事を迫られる。その時にどう行動するのか。どう生きるのか。そういう意味で、今から下巻が楽しみだ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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