優しさが人を殺す時・紫藤ケイ『ロゥド・オブ・デュラハン2 不死の都と守護精霊』

 

 1巻の感想はこちらに。
 前作『ロゥド・オブ・デュラハン』でデビューした紫藤ケイ氏だが、その後は『千の剣の権能者』『紅炎のアシュカ』と、世界観が異なる作品が相次いで刊行された。ライトノベル作家としてデビューする新人作家の多くが新人賞受賞作をそのままシリーズ化するのに対し、デビュー後間を置かずに異なる世界観の作品を発表するというのは珍しい気がする。
 作家として、筆が早いという事もひとつの強力な武器ではある。ただ個人的には、もっと一冊毎のボリュームがあっても良いのではないかと思った。扱うテーマが重い分だけ、もっと作品としても重厚な方が良いのではないかと。まあこれは自分が活字中毒であり、冲方丁氏や浅井ラボ氏の様な「文庫一冊にみっしりと文字が詰まっている系」の作家を好む傾向があるからそう思うだけなのかもしれないが。

 人の命、また人の生き死にを描くというテーマは前作から引き継がれている。前作がダークファンタジーと評された様に、本作でもまた容赦なく人が死ぬのだが、ただ登場人物達が死ぬからダークファンタジーなのだという訳ではもちろんない。自分は前作の感想で「自分はそこまで言う程ダークな部分は無いのではないかと思う」「物語の本質的な部分、物語の核心になっている部分では、本作は常に人間の中にある『希望』や『善性』といったものを志向していると思うのだ」と書いた。そして本作でもそれは継承されていると思っている。それでも本作の中でダークな部分をあえて挙げるとするならば、それはきっと『正しいはずの願いから残酷な結末が生まれる事もある』という部分を繰り返し描く点にあるのではないかと思う。

 例えば目の前で大切な人が苦しんでいるとする。原因は病や怪我かもしれないし、或いは心理的なものかもしれない。しかし原因が何であれ、それを目の当たりにした自分達はその人を助けたいと思う。そう願う事は正しいし、自然な事だ。しかし、そんな願いから起こした行動が別の誰かを傷付けたり、苦しめたりしてしまう事もまた往々にして起こり得る。全てが起こってしまった後で「そんなつもりじゃなかった」と言ってみても、その罪は免罪されない。

 自分達は皆幸せになりたくて、より良い人生を求めて日々を生きている。でもその願いから起こす行動が全て正しいとは限らない。時には優しさが人を殺す。正しさが人を殺す。善意が人を殺す。無自覚に、或いは自覚的に。自分達は自分自身がよりよく生きる為に、また自分にとって大切な誰かが幸せである為に、他の誰かを犠牲にする事を厭わない。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。自分達は正しい願いの果てに、誰かを殺してしまう事が出来るのだから。

 人の持つ、そうしたままならなさを前提として本作を読む時、自分はこの物語の悪役として登場する人々を笑う事が出来ないし、愚かだと断じる事も出来ない。それは過去の自分かもしれないし、明日の自分かもしれない。それは悲しいけれど、ありふれていて物語にすらならない、自分達の日常だ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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