凍った心が求めるもの・江波光則『ストーンコールド』



 前回、柳田狐狗狸氏の『エーコと【トオル】と部活の時間。』の感想を書いた。その中で少し触れたが、本作『ストーンコールド』もまた、スクールカーストとイジメを物語の軸に据えている。しかしながら本作は『エーコと【トオル】と部活の時間。』が持っていた様な「一方的にイジメられた側の復讐劇」という、読者にとって感情移入し易く、気分の良い構図を破棄する事で、より救いの無い世界を描き出している。

 本作の主人公である雪路は高校でイジメのターゲットにされ、左目を潰される。その雪路の復讐劇を軸に本作は進行するのだが、ここで興味深いのは、かつては雪路もスクールカーストの頂点に君臨し、むしろイジメを仕切っていた事もあるという事だ。
 雪路の父親は悪徳資産家であり、決して褒められない様なやり方で財を成していた。その子である雪路もまた金がもたらす権力によってクラスに君臨していた訳だが、父親が逮捕された事をきっかけにスクールカーストの底辺へと転げ落ちる事になったのだ。それまで雪路から金を受け取っていた連中は掌を返し、敵に回った。

 「誰も信用するな。損得だけで考えろ」

 父親からその様に教えられて育った雪路は、失った左目に見合う対価を払い戻させる為、かつて自らの権力を保証していた金の代わりに、拳銃という暴力を手に入れる。それが復讐の始まりだ。

 何の落ち度もない人間がイジメられた末に始める復讐ではなく、落ちた権力者が始める復讐という構図は、読者が主人公に対して無邪気に感情移入する事を拒絶する。誰が被害者で誰が加害者か。それは最早判然としない。すると読者はイジメやスクールカーストといった問題を主人公に感情移入して体験するのではなく、その全体像を俯瞰する事になる。そこでは善や道徳といった価値観は死に絶えていて、金や権力、暴力といったものがいかに人間を支配し、また壊して行くか、人間というものがいかに脆いかという事が描かれる。そこに安易な救いは存在しない。人間の醜悪さ、愚かさ、そういったものが浮き彫りにされる事になる。

 では本作は全く救いのない物語なのだろうか。自分はそうではないと思う。
 何故ならば本作のもう一つのテーマは紛れもなく『愛』だからだ。

 ここまでの説明で、一体本作のどこに『愛』などというものが入り込む余地があるのか疑問に思われるだろうが、別に嘘を書いている訳ではない。本作が『愛』をどの様に描くのか。それをここで具体的に書く事はしない。それは本作を読む人が、自ら感じ取れば良い事だし、読めば誰でもわかる様になっている。

 金や暴力で人心を掌握してきた男が、その行き着く先で最後に求めるもの。その『愛』に対する渇望こそが、本作をただ凄惨なだけの物語とは一線を画すものにしている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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