震災2年後の福島から

 今日で東日本大震災から2年が経過した。

 テレビでは特別番組で被災地の今を報道しているけれど、自分も福島在住の人間として、自分の立ち位置から見える被災地の現状を記録しておこうと思う。人間の記憶という奴は実に当てにならないものだから。

 さて、福島在住とは言っても、自分は内陸部に住んでいるので、実際の震災被害としてはそんなに大きなものは無かった。津波被害を受ける環境でなかった事はやはり大きい。家が半壊したり、墓石が倒れたりといった被害はあったものの、その補修も何とか済んでいる。震災前と変わらず自宅で生活し、普通に仕事をする暮らしができている事は幸福な事なのかもしれない。そんな中、福島県民の不安はやはり長引く原発事故の処理にある。

 原発事故について、福島県以外でどの様な報道がされているのかは知らないけれど、県内のニュース番組では天気予報のコーナーで『県内各地の放射線量』というものが毎日報じられている。モニタリングポストの実測値等を元にしているのだとは思うけれど、自分に限って言えば、あまり熱心に見ているわけではない。それはなぜか。

 そんなものを見てもどうにもならないからだ。

 原発事故が発生した当初は、やはり自分達が住んでいる場所でどの程度の放射線量が測定されているのか気になった時期がある。ここで生活をしていて大丈夫なのか。健康被害は無いのか。あるとすればそれはどの程度のものなのか。とにかく情報が不足していたし、また専門家の見解も錯綜していた。政府の発表、東電の発表、マスコミの報道、専門家のコメント。その中のどれを信じるべきかがわからない。しかしその一方で自分達には生活というものがある。働いて稼がなければ生きて行けない。国が定めた避難区域の外で暮らす福島県民には『自主避難』という道もあったが、それには今の生活基盤を全て失う覚悟が必要だった。今の仕事や住宅を手放し、地域のコミュニティーから離脱して、放射線被曝の危険が無い新たな土地で生活を再建する。国や地方自治体から何らかの補助はあるにせよ、当然その全ては自己責任だ。
 特に高齢者にとって、住み慣れた土地を離れて暮らすということは大きなストレスだろう。実際、自分の両親も福島を離れることは考えなかったし、自分もまたこうして福島で暮らしている。それを『郷土愛』というきれいな言葉で糊塗する事は可能だろう。実際、自分も地元に対する愛着はあるし、何とか復興して欲しいとも思っている。その気持ちに偽りは無い。しかし、自分が今も福島で暮らしている理由の半分が郷土愛なのだとすれば、残りの半分はきっと『生活の為』という身も蓋も無いものなのだろうなと思う。半ば自嘲気味に。だってどうしようもないし、どうにもならないだろう。自分はここで暮らして来たし、これからも暮らして行くのだから。

 こうしている間にも、原発では体を張って作業している方々がいるのだろう。しかし、その方々の尽力がある一方で、行き場を無くした汚染水や放射性廃棄物は増え続けている。処分の方法も、中間貯蔵施設の場所も決まらないまま。福島第一原発の廃炉までは3、40年かかると言うけれど、今30代の自分だって40年後にはもう人生の終盤だ。それまでの間に、溶け落ちた核燃料を全て回収し、原発を廃炉にするなんていう事が本当に出来るのだろうか。何せ今現在、炉内の核燃料を取り出す為の方法はない。人間は近寄れないし、炉内の核燃料自体も溶け落ちて原型を留めていないから、今はそれを回収する為のロボットを開発する、なんていう所から始まっているとも聞く。一体この先何年かかる話なのか。自分が生きている間に、本当に何とかなるのかすら定かではないし、水素爆発で半ば吹き飛んだ原子炉建屋にしても、それを待たずに経年劣化して行くだろう。そうなればまたどこから放射性物質が漏れ出すかわかったものではない。本当に先が見えない話だが、それでも日々は続く。嫌になるけれど。

 人間は忘れる生き物で、原発事故の事もいずれ記憶から消えて行くのだろう。地元に住んでいる人間は別としても。だからここに記録しておきたいのは、この問題はまだ何も解決していないという事だ。その一方、各地で原発の再稼働を求める声は大きくなりつつある。これでいいのか。本当にこれでいいのだろうか。自分のこの問いに対する答えはまだ聞こえて来ない。

テーマ : 東日本大震災
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon