心の持つ温もりを信じて・松山剛『氷の国のアマリリス』

 

 氷河期が訪れ、人が地上で暮らす事が出来なくなった世界。人類は地下深くにある巨大な冷凍睡眠施設『白雪姫(スノウホワイト)』の中で、氷河期の終わりを待ちながら眠り続けている。その人間達を守る為に働き続けるロボット達は、『白雪姫』の周囲に小さな村を形成し、『ご主人様』である人間が目覚める日を待ち続けていた。いつの日かまた地上に春が訪れ、人間と共に暮らせる日がやって来る事を夢見て。
 しかし、長く続く氷河期は『白雪姫』やロボット達をも蝕む。極低温の世界で次第に劣化する機械部品は定期的な交換を要するが、その予備は残り少ない。何よりも優先して守らなければならない『白雪姫』ですら既に純正の予備パーツは底をついてしまっている。それでも人間を守る為に、ロボット達は自らの体からもパーツを取り出して『白雪姫』のメンテナンスの為に供出して行く。
 そんな綱渡りの様なやり方で維持されて来た人間の命とロボット達の生活。しかし、ある事件をきっかけに転機が訪れようとしていた。

 『人類は滅亡すべきだと思う』

 ロボット村の村長であるカモミールの発言は、それまで人間に仕え、人間を守る事を至上命題として来たロボット達に、過酷な現実を突き付け、決断を迫るものだった。副村長である少女ロボットのアマリリスもまた、それまで考えもしなかった選択肢を前に思い悩む。眠れる『ご主人様』を守る為、これからも村人であるロボット達に犠牲を強いるのか、それとも村長が言う様に、村民を守る為に人類を見捨てるべきなのか……。

 こういう物語を読むといつも思う。人間には本当に彼等ロボットに『ご主人様』と敬われ、尽くされるだけの価値があるのだろうか。籘真千歳氏の『スワロウテイル人工少女販売処』の感想でも少し書いたけれど、人間によって作られたロボットや人工生命達の純真さや善良さ、そして献身は、時として心に痛い程に感じられる事があるからだ。人間はそこまでの献身を受ける資格がある程立派ではないし、善良な存在でもない。同じ人間同士ですら、互いに助け合う事が出来なかったり、むしろ相手を蹴落とそうとしたりする。そういう醜い部分、弱い部分が人間にはある。

 本作に登場するロボット達は皆、人間に近い心を持つ存在として描かれている。彼等が、先に挙げた様な人間の負の側面に気付く時、そこに生まれる葛藤は人間のそれと変わらないだろう。自分達が助かる為に他者を犠牲にする事。その選択は重い。まして彼等ロボットは人間に尽くす事を存在意義として生み出された存在だ。その彼等が人間を見捨てるという事は、自分達の存在意義を捨てる事に等しい。その中で彼等は苦悩する。人と同じ様に。

 もしも彼等の中にある人類への想いが、最初からプログラムされた忠誠心であったならば物語の結末は全く違ったものになっていただろう。本作の結末に辿り着く事が出来たのは、彼等ロボットが思い悩む『心』を持ちながら、それでも自分達の『意思』によって選択した結果だからだ。そういう意味では、本作は『心』を持って『生きる』者達への賛歌であると言える。そしてそこには『人間』も含まれるのだろう。

 心という奴は厄介なものだ。時に他者とすれ違ったり、思い悩んだり、傷付いたりする。それでも心というものの尊さを信じる人々がいて、本作の様な物語が生まれる。そして自分もまたそれをこうして読む事が出来る。

 『心』があるから。

 そんな当たり前の事に気付く時が、今を生きる人間にとっての『氷河期の終わり』なのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon