「伝えたい」という祈りを・小川一水『コロロギ岳から木星トロヤへ』

 

 実は、小川一水氏の著作を読むのは本作が初めて。ああ、相変わらず自分の読書傾向は偏っているなと。『第六大陸』とか『天冥の標』とか、これまでにも友人から何度か「読んでみたら?」と勧められていたのだけれど、結局は書店でこの青い表紙と題名の不思議な響きに惹かれて思わず本作を手に取った後で、その著者がかの小川一水氏だと気付くという間抜けぶりを遺憾なく発揮してしまった次第。

 思えば大学時代にも、所属していたサークルの先輩から「~君はSFとか好きなのか?」と聞かれて何も考えずに「はい」と返事をしたところ、「そうかそうか、では○○とか○○とか○○とかはもう読んでいるんだろうね。ぜひ感想を」と言われて、そこで挙げられた作家の作品を尽く読んでいなかったという事件があった事を思い出す。まあSF好きを名乗るなら当然読んでいて然るべきだという程の著名作家ばかりだったのだけれど、その事件を契機に「そうか、これらの作家の作品を読破していなければ安易にSFが好きだなどと言ってはいけないのだな」と思い知らされた自分は、その後自分の偏った読書傾向について大いに反省するとともに、心を入れ替えた……かといえばそんな事もなく、以後『雑食系本読み』を自認すると共に、その偏った、かつ穴のある読書傾向について開き直って今に至る。うん、我ながら酷い。

 さて、そんな雑食系本読みが最初に手にする小川作品として、本作『コロロギ岳から木星トロヤへ』はどうだったのかと言うと……うん、こういう作品は大好きだ。一言で言うと『腐女子は世界を救う』……ってあれ、何か間違えた?

 まあ冗談はさておき、自分がSFを好きな理由のひとつは、自分がどう考えても思い付かない様な、発見できない様な『視点』を与えてくれる所だと思う。例えばそれは時間や空間といった概念に対するアプローチの仕方だったり、現代からは想像できない様な世界観の広がりだったりする。本作で言えばそれは時間と空間を超えて二つの場所を繋いでみせたその手法についてもそうだし、それを可能にした「ある存在」についてもそうだと思う。自分達が生きるこの世界を外から眺める事が出来るのなら、その視点から見た自分達の姿はどんな風に映るのか。そういう、自分の様な凡俗がただ日々を暮らすだけでは思い付かない様な新鮮な驚きに満ちた世界を本作は描き出してくれる。そうしたものに触れられるという事は、本当に楽しい事だ。

 本作についてもうひとつ書く事があるとするなら、それは『伝える』という事の困難さと、これまで人がそれにかけてきた情熱だろう。

 自分が今こうして文章を書いている事と、作家の執筆活動や芸術家の創作活動を同列に語る事はおこがましいと理解している。けれど、突き詰めて行けばそれは「誰かに何かを伝えたい」「この社会、この世界に何かを遺したい」「形の無いものを具現化する事で、それに触れたい。理解したい」という欲求なのではないかと思う。これは自分が大学時代に書いた卒論のテーマにも直結するのだけれど……とまあそれはさておき、自分という存在はいずれ消えてしまうものだけれど、仮に自分がこの世界からいなくなっても、自分の名前が後世に残らなくても、自分の事を覚えていてくれる人が誰もいなくなったとしても、その後も続いて行く世界の中に、自分が伝えたい事や、自分が大切に思っている何かや、自分というちっぽけな存在がそこにいたという痕跡を遺しておきたい。そういう気持ちがきっと誰の心の中にもあるのだろうと思う。だから人は絵画や彫刻といった作品を保存、修復し、後世に伝えようと努力しているのだろうし、文化や伝統といったものを重んじてきたのだろう。それは先人達の想いを受け継ぎ、次の世代へバトンを渡さなければならないという義務感だけではなくて、自分もまたそれらに触れ、感銘を受けたからこそ、その気持ちも含めて後世に遺したい、伝えたいという願いが生じるのだろう。少なくとも自分はそう思う。だから本作の様に、時間も空間も離れた場所にいる誰かに、遥か彼方からメッセージを届けようとする行為を見る時、自分はその成功を願わずにはおれないのだ。

 本作で言えば世界を救う為だとか、人命を救う為だとか、事情や理由は色々あるのだろう。それでも、例えばこの世界に生きている自分達の想いが、何百年も先の未来に伝わるだろうか、遺るだろうかと考えた時、自分はその想いが届いて欲しいと切に願う。その想いが途絶えてしまわない事を祈る。それは現実に生きる自分達にとっても、自分達の生きる今が、この生が無駄ではないという証左だからだ。希望だからだ。それはある意味で身勝手な願いなのかもしれない。でも、そのささやかな願いを持つ事を、祈りを信じる事を許して欲しいと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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