「人間」という輪の外側から 原作・三浦追儺 漫画・桜井画門『亜人 1』

 

 そういえばこのところ漫画の感想は全く書いていなかったなと思った。まあ何となく小説の感想がメインになっていて漫画の感想書きまで手が回らないだけで、読んでいない訳では無かったのだけれど。というわけで、久しぶりの漫画感想は三浦追儺・桜井画門両氏の『亜人』を。いや、切実にこういう作品が売れて欲しいなと思う。

 17年前、アフリカの戦場で『死なない兵士』が発見される。「決して死なない」人間の発見はその重大さ故に隠蔽されようとしたが、やがて露見。世界中に混乱を引き起こした。外見上人と区別する事が出来ない、不死身の存在。それはやがて『亜人』と呼称される様になる。これまで全世界で公式に確認された亜人は46体。日本では2体。亜人が人間に害を及ぼした事例は「確認されていない」とされており、その個体数の少なさもあって、一時期の混乱は収束している。
 医学部への進学を目指す高校3年生の永井圭は、交通事故に遭い、「生き返った」事で自分が亜人であると知る事になる。亜人捕獲の為に動き出す警察や厚生労働省。懸賞金の噂を聞き付けた市民。あらゆる『人間』に追われる事になった『亜人』の逃走劇が幕を開ける。

 本作の特色はいくつかある。まずは『亜人』がただ不死身なだけの存在ではなく、ある特殊な能力を有するという設定だ。ここで詳しく説明する事は作品を読んだ際に興が削がれるので避けるけれど、本作の表紙に描かれている、一見ミイラの様な姿をしたヒトガタを見た時に感じるただならなさから察してもらえればと思う。それにしてもこの装丁、凄く良いな。

 次の特色。それは主人公である永井圭を取り巻く周囲の人間や、彼自身の思考が徐々に「亜人に対する人間」「人間に対する亜人」のそれに切り替わって行く所のリアルさだ。
 冒頭、まだ圭自身が自分が亜人である事に気付く前の日常との落差。人間ではないものを『捕獲』しようとする人間達の言動には、ほんの少し前まで捕獲対象が普通の人間として暮らしていた事に対する配慮が無い。それは例えばテレビ中継で「亜人の自宅前です」と話すアナウンサーの態度からも窺える。そこには対象が未成年だから氏名を伏せておくという『配慮』ではなく、「亜人は亜人であって、既に人間ではない」という『断絶』がある様に思う。また事情聴取を受ける圭の母親が「息子…いや…永井圭が人間じゃなかったなんて…」と言い直すシーンがあるのだけれど、ここからも亜人と人間の決定的な断絶が窺い知れる様に思う。

 作中の世界で、亜人である事が発覚した人間の『人権』がどの様に扱われるのか詳しい説明は無いが、少なくとも市民レベルでは「死なない人間に危害を加える事」に対する罪悪感や忌避感は相当薄い様に思えた。何せ何をしても相手は「死なない」と言われているのだし、仮にやり過ぎて一時的に死んでしまったのだとしても確実に生き返る。ならば相手を捕獲する上でどんな暴力を加えても咎められる事は無い筈だ、という認識。それはある意味で人間の『本性』とも言える。そうした『本性』を向けられる事で、圭もまた徐々に亜人としての『自覚』を持つ様になり、「人間に対する亜人」の思考に切り替わって行く。

 この亜人の『自覚』というものについては『ゲゲゲの鬼太郎』の歌を思い浮かべてもらうと分かり易いかもしれない。つまりお化けには「学校も試験もなんにもない」「会社も仕事もなんにもない」のであり、更にお化けは「死なない。病気もなんにもない」のだ。つまりお化けや妖怪には本来人間のルールに合わせる必要が無いし、人間が作った法律を守る必要も無い。人間世界の社会秩序や道徳・規範等は「人間が、人間として社会の中で生きて行く上で必要」だから定められているのであって、その埒外にいるお化けにとって本来そんなものは知った事ではない。だから人間に対して「殺人は許されない」という言葉が持つ拘束力は、亜人にとって意味を持たない。自分はその殺してはならない『人間』の仲間ではなく、その埒外に置かれた『亜人』だからだ。仮に亜人が殺人を避けるとすれば、それは「無用な混乱を生じて人間を刺激すると自分にとって不利益だから今はやめておこう」という計算から来るのであって、それがタブーとされているからではない。

 自分が既に人間ではなく亜人なのだと『自覚』する時、それまでただの高校生だった少年の思考は亜人的なそれに切り替わって行く。本作はそうした場面の描写が実にリアルで、生々しい。これまで設定やストーリーについて書いてきたけれど、その『生々しさ』を説得力のあるものとして漫画で表現する為には絵も重要になると思う。その点、桜井氏の絵はシリアスな場面でのリアルさと、少年漫画的な部分の描き分けが秀逸で、読んでいるとどんどん引き込まれる。

 相手を非難する言葉に「人間じゃない」というものがあるけれど、仮に本作の様に、本当に自分が「人間ではなくなった」時、そこにはどんな世界が見えるのだろう。まあ現実にはそんな事は起こり得ない訳だけれど、本作において『人間』と『亜人』という描き方をされている様な断絶、或いは区別や差別は現実にもある。それは単純化すれば敵と味方という事だけれど、性別・人種・国籍の違いとか、信仰の違いとか、主義主張の違いとか、本当に様々な部分で自分達は日々線引きをされているし、線引きしてもいる。その中で味方の輪の中から弾かれた存在に対して自分達が冷酷に振舞う事が出来る様に、『亜人』の側から見える世界もどこかこの現実の延長にある、自分達が見知った世界なのかもしれない。

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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