システムに生を委ねた人々の中で・吉上亮『パンツァークラウン フェイセズ I』

 

 変身ヒーローものが好きである。

 文庫の折込チラシでは『ポスト伊藤計劃、2010年台最注目の新人作家登場』と書かれている吉上亮氏の長編。確かにその管理社会的な世界観は故・伊藤計劃氏の作品に連なる系譜と言える。ただ、主人公である広江乗が漆黒の強化外骨格『黒花(ブラックダリア)』を装着して戦うという『都市と変身ヒーロー』的な作劇は冲方丁氏が『オイレンシュピーゲル』『スプライトシュピーゲル』で描いてみせたものに近いかもしれない……『テスタメントシュピーゲル』の続き、お待ちしてますので何卒よろしく……と、これは本作とは関係ないライトノベル読みの懇願というか怨念。

 閑話休題

 西暦2045年、2021年に起きた大震災によって多大な被害を被った東京は、新東京特別商業実験区――層現都市イーヘヴン――として生まれ変わっていた。環境管理型インターフェイス<co-HAL>が行う市民への行動履歴解析は、行動選択の最適化、つまり「自分は今何をするべきか」という方針を人々に提供する。情報的行動制御<Un Face>と呼ばれるその機械仕掛けの神の託宣に従って、人々は生きている。
 主人公である広江乗は、民間保安企業の契約者としてイーヘヴンに派遣される。かつて自分が暮らした都市。そしてある事をきっかけに追放される事となった都市に。その帰還は彼と都市に何をもたらすのだろうか。

 こうしてちょっとあらすじを書くだけでも専門用語が飛び交う世界観なので、難読であるかの様な印象を与えるかもしれない。けれどこうした「あるシステムによって人々の行動が管理される社会」を描く作品は近年のトレンドらしく、『PSYCHO-PASS』等もその系譜だと思う。細かな味付けや用語が異なるだけで、その世界観は共通している。そしてそれは、現代から見てもそんなに現実離れしたものでもないだろう。

 実際、本作に登場する<co-HAL>や<Un Face>程にまで管理された社会ではないにしろ、現実を生きる自分達もまた様々な「システムからの行動指針」を受け取り、それを参考にして生きている。例えばここにもAmazonの広告を載せているけれど、自分達がAmazonで買い物をする時、何を買ったか、どんな商品をクリックしたかという情報は全て集積されている。だから次に買い物をする時に、その履歴を参照したシステムから「おすすめ商品」の提示がある。また、自分が買ったものと同じ商品を買った他のユーザーからのデータもそこには反映されている。そのシステムからのおすすめを参考にするのも無視するのも自分達の自由だけれど、Amazonのシステムは常に自分達の行動履歴を解析し、次の消費行動を促す指針を消費者に対して与えていると言える。<co-HAL>や<Un Face>とはつまり、そのAmazon的なシステムをもっと広範囲に、徹底的に活用したらどうなるかという事になるのだろう。

 消費行動以外にも、人々のありとあらゆる行動履歴を収集し解析する事で、「次にどの商品を買うべきか」というだけでなく「次にどう生きるべきか」という選択肢を提示するシステム。しかもその的中率が限りなく高いシステムが構築されたとして、「自分の判断よりシステムが提示する行動指針の方が優れている」所まで辿り着いた時に、そこにはどんな社会が、世界が出来上がるのだろう。そこで人はどんな風に生きるのだろう。これは多分、そういう物語でもある。そして一度はその都市から追放された主人公の帰還と外敵の登場は、層現都市イーヘヴンのあり方を揺さぶる。主人公が抱える「この都市にとって自分とは何者なのか」という問い。そして「自分はどう生きるべきなのか」という迷い。彼の行き着く先はまだ開示されていないけれど、作者が周到に用意しているであろうその結末を、今は楽しみにしていたい。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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