いつか来る出会いの時を待ちながら・籘真千歳『スワロウテイル/初夜の果実を接ぐもの』

 

 籘真千歳氏の描く、人間と人工妖精達の物語も、本作で完結を迎えた。これまでに『スワロウテイル人工少女販売処』『スワロウテイル/幼形成熟の終わり』『スワロウテイル序章/人工処女受胎』の3作が刊行されていて、ここでも何度か感想を書いた事がある。

 自分はロボットやアンドロイド、時には人造人間やAI等『人の手によって作られた知性体』が登場する物語が好きだ。今ざっと本棚に目を通すだけでも、永野護『ファイブスター物語』ディーン・クーンツ『フランケンシュタイン 野望』泉和良『おやすみ、ムートン』長谷敏司『BEATLESS』松山剛『氷の国のアマリリス』花田智『天狼新星 SIRIUS:Hypernova』日日日『ビスケット・フランケンシュタイン』等々。『ビスケット・フランケンシュタイン』は好き過ぎて、既に文庫で持っているにもかかわらずついついKindle版も買った程。ああ、神林長平『戦闘妖精・雪風』等もそうかもしれない。(以上全て敬称略)多分、調べればもっと出て来るはずだ。

 自分がこうした物語を好む理由は色々とある。単純にSFが好きという事ももちろんそうなのだろうけれど、それよりも大きな理由は、以前『フランケンシュタイン 野望』の感想にも書いた様に「人間が抱く『創造主に対する問い』の鏡像としての物語」を自分が欲しているからなのだろう。

 一神教が説く様に、自分達人間を生み出した創造主=神が存在するのだとしても、被造物である人間は彼に対して自分達の存在理由を問う事が出来ない。(より正確に言えばそれを問う事はできるが、明確な答えが与えられる事はない)
 「自分はなぜ創られたのか」「なぜ自分達はこんなにも不完全な存在なのか」「自分達が心を持っているのはなぜか」「自分達はいかに生きるべきなのか」「自分達はどこから来てどこへ行くのか」等々、自分達は様々な問いを――言い換えれば悩みや苦しみを――抱えている。しかしその問いに答えが与えられる事は無い。神は黙して語らない。だから自分は人の手によって作られた知性体達の物語の中に、その答えを探してしまう。

 人の手によって作られた知性体達もまた、創造主である人間に問う。自分達が生まれた意味を。生きる意味を。そしてままならない心を持って生きる事の苦しみと喜びの狭間で揺れ動く自分達の存在意義を。「なぜ私達を作ったのですか」という彼等の問いに、創造主である人がどう答えるのか。それは、これまで人が神に対して問い続けてきて、未だに答えが得られない大きな問いに対する答えでもある。人を神になぞらえる事が不遜だと言うのなら、「親と子」と言い換えても良いけれどね。
 もちろん人間だって、彼等被造物達が発する問いに対する明確な答えを持っている訳ではないだろう。しかし答えが得られなかったとしても、彼等知性体は物語の中で懸命に生きようとする。本作に登場する人工妖精達もまたそうである様に。そして自分達人間がそうである様に。だから自分は彼等の物語に深く共感する。彼等の物語は自分達の物語であり、彼等の悩み、苦しみは自分達のそれと全く同じだから。そして、もしも彼等の物語の中に喜びや希望があるのだとすれば、それはそのまま自分達の希望でもあるのだろうから。

 そしてもう一つ、自分が彼等の物語を欲する理由があるなら、それは「自分達人間の存在を外側から客観視する事が出来る知性」に出会ってみたいという欲求があるからだろうと思う。

 人間の様に知性や心を持つ、人ではないもの。もしもそんな存在に出会えたなら、自分は人間について彼等がどう思うのかを聞いてみたい。愚かだと思うのか、滑稽だと思うのか。或いは言葉を交わし、心を通わせ、共に歩いてくれる様な幸せな未来像があり得るのだろうか。今はまだ、人間はその機会を得られていないけれど、もしも生きている間にその出会いがあるのなら、と自分はつい夢想してしまう。そしてその出会いの中に、本作が描く様な希望の種子があれば良いなと思う。

 ……本当に、いつか彼等に出会えたら良いな。その時には話したい事がたくさんあるんだ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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