その手を繋ぐ事が出来るなら・石川博品『ヴァンパイア・サマータイム』

 

 何だか本作を読んだライトノベル読みの方々があちこちで萌え転がっているらしいという話は耳にしていたのだけれど、ようやく読めた。覚悟して読み始めたのだけれど、確かにこれは恋愛小説として結構破壊力があるなと。

 主人公の山森頼雅は高校2年生で、時折両親が経営するコンビニの仕事を手伝ったりしているのだけれど、そこに買い物に来る、同じ高校の夜間部に通う『吸血鬼』の少女の事が少し気になっている。でも彼女について知っている事と言えば、自分がウォークインになっている冷蔵庫の中で飲料の品出しをしている時、いつも決まった時間に店を訪れて、同じペットボトル入りの紅茶を買って行くという事と、同じ高校に通っているという事だけ。それ以外には名前も知らない。吸血鬼と人間の暮らす時間は交わらないから、同じ高校に通う学生といっても二人には接点がないのだ。少なくとも、これまでは。その普通ならすれ違う二人の時間が、あるきっかけで繋がる時、物語は始まる。

 人間と吸血鬼が「昼の人」と「夜の人」という具合に時間を分け合って暮らしている世界、という設定は、細かく考えていくとどういう社会構造になっているのか疑問に思う部分も多々あるけれど、本作が描きたい部分はそういう瑣末な所には無いのだろう。本作は王道でド直球な恋愛小説だ。高校生の男女が出会って恋をする。平たく言ってしまえばそれだけの物語にどんな彩りを持たせられるか。そして登場人物達の気持ちが揺れ動く様を、どうやったら生き生きと描く事が出来るか。その物語を成立させる為に「吸血鬼とそれ以外の人間が共存する世界」という設定がある。その説明の仕方、読者を吸血鬼が当たり前に暮らす世界に連れて行く時の自然さが、本当に上手い。
 恋愛ものの小説やドラマ等で、たまに「住んでいる世界が違う」なんていう言い回しがあるけれど、文字通り違う時間を生きている人間と吸血鬼という種族の違いや、それによって生じるすれ違いは変形の遠距離恋愛みたいなもので、それもまた物語にとっての彩りだなと思う。

 個人的には吸血鬼と人間の恋愛というと、どうしても清く儚く脆く、最後には悲劇的な幕切れになるというイメージがあるのだけれど、本作の良い所は「吸血鬼もまた人間と同じ様に生きている」という価値観を崩さない所にある様に思う。人間も吸血鬼も同じ様に、高校生らしく成績や部活の事で悩んだりもするし、時にはエロい事を考えてしまったりもする。そういう人間らしい生々しさを備えた上で、描いてみせた上で、それでも清々しく高校生の恋愛を描き切ってしまう所が、物語に血が通っている様な気がして自分は好きだ。

 人間である事と吸血鬼である事、そして世界や社会のあり方は二人を遠ざけようとするかもしれない。それはただの高校生である二人にはどうする事も出来ない問題だろう。けれどそれを理解した上で、思い知った上で、それでも二人が望むなら、彼等は手を繋ぐ事が出来るし、相手を想う事だって出来る。それは当たり前の事に思えるけれど、その当たり前の事さえ特別な物語になるのが、きっと恋という奴なんだろう。

 それと最後に、以下は蛇足として。
 自分も昔コンビニの深夜勤で飯を食っていた時期があるので、ヨリマサがウォークインの中から店内を見る時の様子は何だか懐かしく感じた。棚に飲料を補充する時、そんなにお客さんを観察している余裕はあまりないけれど。あとはお客さんの方からは見えていないと思っても、冷蔵庫の扉が開くとつい身を隠してしまったりとか。確かにあれが見られていたらと思うと、ちょっと頭を抱える。

 

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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