その時貴方は生き残れるか マックス・ブルックス『ゾンビサバイバルガイド』

 

 『WORLD WAR Z』がブラッド・ピット主演で映画化されて波に乗る、マックス・ブルックス氏のデビュー作。題名の通り「ゾンビが大量発生した世界でどの様に生き延びるか」をテーマにしたサバイバルマニュアルになっている。ただここで注意すべき点は、本著で取り扱われるゾンビとは最近の映画に登場する様な「生存者を発見するや否や猛スピードでダッシュしてくるアスリート系のゾンビ」ではないという事だ。だから映画『28日後...』等で描かれる「素早いゾンビ」(或いはゾンビ的な行動をする感染者等)に対しては、本マニュアルに書いてある対策をそのまま当てはめる事が出来ない。その点では新たなマニュアルの刊行が待たれるところだ。

 上記の通り、本著で定義されるゾンビとは、昔ながらの「呻き声を上げながら足を引きずる様にのろのろ移動するゾンビ」なので、囲まれない様に立ち回れば意外と一般人でも生存の可能性はあるだろう。ただ脅威なのは、ゾンビは睡眠を必要とせず、疲れを知らず、痛みを感じず、死を恐れない(まあある意味既に死んでいるので当然といえば当然だが)という事。そして犠牲者を仲間に引き入れてねずみ算式に増殖するという事だ。都市部でゾンビが発生した場合、都市の構造と人口密度から言ってかなりの被害が出るだろう事は想像に難くない。

 本書はそんな状況下に置かれた一般人が生き残る為の方法を示す事を目的にしている。よって、国家や軍、警察組織等がいかにゾンビを殲滅すれば良いかといった『攻め』の姿勢ではなく、一般人がいかにゾンビや人間の略奪者から逃げ延びるかという『守り』の姿勢で書かれている。よって、ゾンビハンターを目指そうという奇特な人々――もしもそんな人がいればの話だが――には全くお勧め出来ない。もちろんそうした人々にとってもゾンビがうろつく世界を生き延びる為のマニュアルとして有用な情報もあるかと思うが、ゾンビと戦う事を第一の目的とする人々にとって、本著が提供する情報は物足りない部分があるだろう。

 ゾンビを倒そうとするなら、その弱点や急所を知る必要がある訳だが、本著が定義するゾンビの急所は脳以外には無い。ゾンビを行動不能にする為には何らかの手段によって頭部を破壊しなければならないのだ。それ以外の部位をいくら攻撃しようとも、ゾンビは活動を止めない。手足をもぎ取ろうが、胴体を両断しようが、心臓を撃ち抜こうが、脳が破壊されない限りゾンビは活動を続ける。そんな連中を相手に格闘戦をする事は危険以前に自殺行為だ。ならば銃を用いれば良いのかというとこれも難しいもので、日本ではそもそも一般人が銃を手に入れる事が難しい。更にアメリカであっても、ゾンビに対してどんな銃が有効なのかという問題がある。意外なのは、M16系のアサルトライフルが酷評される一方、AK-47系が絶賛されていたりする所。「頑丈で弾詰まりを起こし難く、弾が無くなってもストックを鈍器に使える」という所が高評価の理由らしい。そしてもちろん、ゾンビを葬る為には頭部を狙い撃つ事、所謂「ヘッドショット」が重要であるとされる。この辺りの描写は押井守氏の『ゾンビ日記』に詳しい。

 日本の様に一般人が銃器を入手する事が困難な地域ではそれ以外の武器を入手する事が重要になるが、本著が紹介する最高の殴打武器は「バール」だそうだ。偏ってるなーとは思うが、ネタとしては面白い。ならばゾンビ映画やゲームでも皆大好きなチェーンソーはどうかというと、その携帯に向かない重量と燃料補給の手間、更には駆動音がやかましく、ゾンビを引き寄せてしまう恐れがある事等からあまりお勧めは出来ないそうだ。一部地域では神をも殺せる武器として有名なだけに残念だが、現実とは往々にしてこんなものだろう。

 本作の一番の面白味は、そこに書かれている内容に感心する事ではなく、「自分だったらどうする」という思考実験の為の取っ掛かりとして使える事にあるのではないかと思う。ある日自分の住む街をゾンビが闊歩する様になったら、どうやって生き延びるか。そんな「考えたってどうしようもない上に一文にもならない」事を大の大人が真剣に考え、論じ、あまつさえ本にしてしまうのは何故かといえば、そういう無駄かつ馬鹿馬鹿しい事を考えるのが面白いからに他ならない。この辺りの構図はダニエル・ドレズナー氏の『ゾンビ襲来 国際政治理論で、その日に備える』にも通じる。馬鹿みたいな事を真剣にやるのは本当に面白い。

 さて、とりあえず来るべきゾンビ襲来の日に備えて映画版の『ワールド・ウォーZ』でも観に行く計画を立てようか。原作とは随分違う味付けになっているかもしれないけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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