身勝手な一人の大人として ジェイン・ロジャーズ『世界を変える日に』

 

 もしもこの世界に、これから先たった一人の子供も生まれなくなるとしたら。自分達が最後の人類になってしまうのだとしたら。それは想像するだけでも辛い事ではないだろうか。しかもそれが、自分達の愚かさに起因しているのだとすればなおさら。

 MDS――母体死亡症候群――と呼ばれるウイルス性の病に全人類が感染してしまった世界。女性が妊娠すると早ければ数日で死亡してしまう事から、新たな子供が生まれる事は無くなった。そんな産声が消えた世界で生きる人々は皆最後の人類だ。MDSが蔓延する以前に既に生まれていた子供たちが年老いて死ぬ時、人類は滅亡する。
 子供が生まれない世界とは、未来を持たない世界だ。
 もちろん人類が一人残らず死んでしまっても、この世界は続いて行くだろう。むしろ自然環境からすればその方が良いかもしれない。しかし人類にとって、後を託す世代が生まれないという事は、未来を失うという事だし、未来を失うという事は、自分達が生きている今というものが意味を失うという事に等しい。

 そんなどうしようもなく行き詰まった世界を、もしも自分の力で変える事が出来るのだと知ったら、いや、変える事が出来るかもしれないという可能性が目の前に提示されたとしたら、その時人はどうするだろう。自分は、どうするだろう。本著を読みながらそんな事を考えた。同時に自分が本著を読んで感じた事は、世界を破滅させる様な原因を作った大人に対する、少年少女の冷ややかな視線だった。無理もない。彼等が生まれた時から世界は壊れていて、どうしようもなくて、その原因を作った大人達の多くは嘆き悲しむか無気力になるか、それとも目を閉じ耳を塞いで知らぬふりを決め込むかで何も解決しようとしない。そんな状況下で生きろと言われる時、そこには彼等なりの怒りがあって然るべきだと思う。

 現実に、今自分が住んでいる福島がそうなりつつある様に。

 自分は未婚で、子供もいない。でも甥が産まれてから思った事がある。この子が成長して思春期を迎える頃、自分は40代も半ばを過ぎているだろう。それでもまだ原発事故は何も解決していないに違いない。昨今報道されている様なタンクからの汚染水漏れや、汚染水の海洋流出等の問題を例に挙げるまでもなく、この問題はもうグダグダだ。行き場の無い汚染水、放射性廃棄物、使用済み核燃料。それらを処分できる手段も無ければ場所もない。きっと子供達の世代は言うだろう。ゴミ捨て場も無いのに核のゴミを排出し続けて、それで経済的だとか、二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーだとか大喜びしていた馬鹿はどこのどいつだって。自分達の世代にツケを回しやがって何様のつもりだって。その時、自分には返す言葉が無い。だって彼等は何も悪くない。何の責任も無い。ただ自分達が好き勝手やって来た後の世代として生まれて来てしまったというだけだから。だからきっとその時自分はうなだれて、「ごめんな」って言うしか無いのだろう。きっと。

 ごめんな。こんなに問題を押し付けて。
 ごめんな。まともな大人になれなくて。
 ごめんな。こんな世界を変えられなくて。

 そういう意味を全部込めて、いや、込めようとしても込めきれないままで、きっと自分は言うだろう。ごめんなって。それで許してもらえるとは到底思えないけれど、許されようとも思わないけれど、それでもたったひとつだけ許して欲しいと願う。厚かましくも、願ってしまう。

 それでも君達が、自分達の未来でいて欲しいって。

 こんなクソみたいな世の中だったら生まれて来なくて良かったよって思う事があるかもしれない。これじゃゼロからのスタートどころかマイナスからのスタートだって言いたくなる事があるかもしれない。どうしてくれるんだって言いたいのもわかる。自分も同じ立場だったらきっとそう思うだろうから。自分達の世代が後に遺せるものは、良いものよりも悪いものの方が多いのかもしれない。それでも、身勝手かもしれないけれど、自分達が今こうしてみっともなく足掻いている今が、誰かに繋がるものだと思っていたい。その多くが無駄でマイナスでしかないとしても、はじめから『無』だった訳じゃないと思っていたい。そういう希望でいて欲しい。そういう未来であって欲しい。それは大人からの勝手な押し付けで、自分が子供だった頃はそういう大人からの押し付けが心底嫌いだった事も覚えているけれど、それでも……って、こういう所が虫が良すぎるんだよな。我ながら嫌な大人になったもんだ。

 大人の目線で読むか、子供の目線で読むかで、本著は違った側面を見せるだろうと思う。自分はもういい歳をしたオッサンになってしまっているから、どうしても大人の側に引きずられた読み方になってしまっているだろう。だから子供達の怒りや苛立ちに触れると打ちのめされた気分になる。でも、若者が読んだならそこにはまた違う世界が見える筈だ。自分はもうその場所には戻れないだろうけれど。
 
 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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