願いを捨てきれない弱さを・陸凡鳥『隣人は真夜中にピアノを弾く』

 

 表紙が昨今のライトノベルらしくないという事で発売前からちょっと話題になっていた作品。しかし自分は別にライトノベルだからといって毎回ヒロインが表紙を飾らなくてもいいと思うし、何も女の子と萌えだけが日本のオタクカルチャーじゃないだろうとも思う。だからこれも普通にライトノベルという事で良いのではないだろうか。

 本作は人間社会に『悪魔』が紛れ込んでいるという世界観で物語が展開される。悪魔は特殊な力を持っているものの、外見では人間と区別が付かない。悪魔は人間と『契約』し、その願いを叶えるが、その願いは最後には必ず自分が望んでいない形で叶えられる。契約は一時的に人間の願いを叶えるが、最後には破滅が待っているのだ。だが悪魔の望みは人間がその願いを叶える代わりに差し出す魂だ。だから人間が契約の結果不幸になろうが知った事ではない。自らを『隣人』と名乗る悪魔は願いを持った人間を嗅ぎ付け、言葉巧みに契約を迫る。そして人間は契約に破滅的な影が付きまとっている事に薄々気付きながらも、その誘惑に抗う事も、自分の願いを捨てる事も出来ない。

 ストーリー自体はそんなに奇抜なものではないと思う。ある組織に属し、上司の命令で殺人事件の調査に乗り出す二人の男。マフィアのボスと囲われ者のピアニスト。そして警察官。殺された男とマフィアとの繋がり。進展しない警察の事件捜査。その中で誰が男を殺したのかを突き止めなければならない立場の主人公が抱える過去。そんなストーリーに『悪魔』という要素が付け加えられる時、これが不思議とライトノベルとしてハマる様に思う。

 アニメでも『カウボーイビバップ』という成功例があったけれど、あちらが『宇宙の賞金稼ぎ』というアニメ的な設定の中でハードボイルドな、というか香港ノワール的な物語を展開した様に、本作もまた『悪魔』という要素を付け加えてライトノベルらしさを演出しつつも、物語の主題はハードボイルド小説の形をとって展開される人間ドラマの方にあるのだろう。ではそこでなぜ『悪魔』なのかと言えば、それは人間の『願い』と、それが叶えられないままならなさを描く物語には『悪魔』の存在が似合うからなのではないか。

 香港ノワールは「組織から抜けられない男の生き様」や「男同士の友情と裏切り」を執拗に描いて来たが、そこに共通するのは「自らが願う通りには生きられない人間の悲哀」であり、「世の不条理」であり、「それでも希望を持たずに生きて行く事が出来ない人間の哀切」だった。それは現実を生きる自分達にとっても共通する命題で、だから自分達は彼等に共感する事が出来たのではないかと思う。本作でもそれは同じで、物語の登場人物達もまた皆ままならない現実の中でもがく様に生きている。そこには叶えられない願いがあり、自らを縛る過去があり、生きる事の困難があるのだけれど、たとえ相手が悪魔で、その契約が破滅的なものだと知った上でもその願いを叶える事を、そして「ここではないどこか」に行ける可能性を願ってしまう人間の弱さを唾棄すべきものだとはどうしても思えない。繰り返しになるが、それはこの物語の登場人物達の問題であると同時に、自分の問題でもあるからだ。

 悪魔が耳元で囁く時に何も願わずにいられるのなら、悪魔を頼らずにいられるのなら、それは確かに強さかもしれない。けれど自分は、そんな強さを持たない人間の方にこそ惹かれるし、その弱さを描く物語があって欲しいと願う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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