いつか、最期の日が来るまでは・ヨゲンメ『キミと死体とボクの解答 2』

 

 1巻の感想はこちらに。
 さて、本作について書く前に、全く違う事から書き始めてみる。自分の中ではそこに本作とも繋がっているテーマがある気がするのだけれど、その事を上手く言葉で説明できる気がしないので、読む人によっては無関係な話に聞こえるかもしれない。その事を予め断っておく。

 さて、槇原敬之氏の曲に『僕が一番欲しかったもの』という歌がある。
 その歌の中に登場する『僕』は『とても素敵なもの』を拾って喜んでいたのだけれど、自分の隣にいる誰かが今の自分以上にそれを必要としている事に気付き、自分が拾ったその『とても素敵なもの』を譲ってあげる事にする。その後も『僕』は何度か同じ様に『とても素敵なもの』を拾うのだけれど、結局はいつも隣にいる誰かにそれを譲るという事を繰り返してしまい、『最後には何も見付けられないまま』になってしまう。けれどその時にここまで来た道を振り返ってみたら、自分が譲ってあげたものを手にした人達が皆幸せそうに笑っていて、『それを見た時の気持ち』が自分の探していたものだと気付く。

 最初に言ってしまうと、自分はこの歌が苦手だ。

 良い歌だな、とは思う。でも大人になった自分は、この歌を素直に受け止める事が出来ない。それはこの歌に登場する『僕』の優しさが、現実的には何ら報われていない様な気がするからだ。
 現実に、例えば自分が、誰もが羨む様な『とても素敵なもの』を拾ったとする。それを自分より必要としている誰かなんてこの世界には大勢いるだろう。たとえ自分のすぐ隣にいなかったとしてもだ。では、その事を知っている自分が、自分以外の誰かにその『とても素敵なもの』を譲ってあげられるかというと、自分はそんなに優しい人間ではないと思う。

 現実には、皆自分にとっての『とても素敵なもの』を大事に抱えて生きている。それを落としてしまわない様に。誰かに奪われない様に。けれどそんな風に他人が大事に抱えている『とても素敵なもの』を力ずくで奪って平然としている人だってこの世には大勢いるし、強欲にも自分一人でそれらを抱え込んで、他人に譲るなんていう事を毛ほども考えない人だって大勢いる。そんな世界で、自分が拾ったものを他者に譲る事が出来る様な優しさを持っている人が最後に見付けるものが、本当に『他者の笑顔を見られた時に感じた気持ち』だけだったのだとしたら、それは悲しい事なのではないかと自分は思う。

 自分は、本当に優しい人は自分自身が幸せになるべきなのだと思う。他者からの感謝や自分の気持ちの満足だけではなく、もっと現実的な形で幸せになって欲しいと思う。自分以外の誰かに譲ってあげた以上の『とても素敵なもの』を、最後にはちゃんと手にして欲しいと思う。それが『当たり前』な世の中であって欲しいと思う。だから自分はこの歌が苦手だ。自分にとってこの歌は美談過ぎて、優し過ぎて、聴いているとどこか悲しくなる。

 ……長い前置きを経て、話は本作に戻る。
 
 今の世の中に馴染めない人はきっと大勢いる。他人と上手くコミュニケーションが取れなかったり、競争社会で勝ち抜く事が出来なかったり、心のどこかに弱さを抱えていたり。そして何よりそんな自分を変えられなかったり。そういう『弱さ』を今の社会は許容しない。弱者には『自己責任』という言葉が当たり前の様に投げ付けられる。努力もしていないくせに、結果も出せないくせに、という意味で。ではそうやって弱者に厳しい物言いをしている側が本当に強いのかというと、『自分が弱者と思っている相手よりは若干上』の辺りで同じ様にもがいているだけの似たもの同士だったりする。弱者に対する厳しさは、自分の努力を認めて欲しい気持ちの裏返しで、彼等もまた同じ様に『生き苦しさ』を感じながら生きているのだろう。多分ね。

 皆が同じ様に幸せになりたくて、でも時にはそうなれない人もいる。周囲の環境のせいで。他者からの干渉のせいで。狭量な社会のせいで。或いはそれらを乗り越えられない自分自身の弱さのせいで。でも『優しさ』というものが時に『甘さ』と断じられる事がある様に、『弱さ』として非難されているものの中にも『優しさ』があるのだろうと自分は思う。そして先に述べた様に、自分は優しい人は幸せになるべきだと思う。その優しさがいつか報われて、やがてどこかで『とても素敵なもの』を拾って、或いは『とても素敵な人』に出会って、それを今度こそ手放さずに、現実的に幸せになるべきなのだと思う。それが当たり前の世の中であるべきだと思う。でもそれは理想論で、現実は決してそうならない。これまでも、これからも。ならばその現実を前提として自分はどう生きられるかという事だ。

 自分達には様々な願いがあって、でもその全てが叶う事はない。願掛けの木札にも、流れ星にも、人々の願い全てを叶えてみせる程の力はきっとない。でもそれを知っている自分達が、その事を十分思い知らされている筈の自分達が、それでも願うのは、願ってしまうのは、そのささやかな願いを諦めてしまう事が、忘れ去り、捨て去ってしまう事が悲しいからだ。
 叶わない願いがある事、叶えられない夢がある事、報われない優しさがある事。それらを「そんな事知ってるよ」と言いながら飲み込んで、でもどこか割り切れないままで、自分達は進んで行く。作中に『幸せになりたくない人なんていないから』という言葉がある様に、願いを諦め切れないままで。それが良い事なのか悪い事なのか、正しい事なのか間違っている事なのか、そんな事はきっと、まだ道の途中である自分達には分からないのだろう。でもいつか、最後の時が来て振り返ってみた時、そこからどんな景色が見えるのか、自分の手の中に何が残っているのか、そんな事を思いながら今を歩く事だけは出来る筈だと思う。……まあ「それしか出来ない」とも言えるけれどね。

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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