心を持つものたちへの賛歌・結城充孝『躯体上の翼』

 

 本作がどういう作品なのか一口で説明する事は難しい。読み始めるとすぐ『互聯網(ネット)』や『大遷移』『対狗衞仕』といった単語が頻出するのだけれど、それが何を表しているか、作中世界がどんなものなのかといった部分は、あえて全体像が俯瞰できない様に描かれているからだ。

 本作がどんな世界観を持っているか。主人公である『員(エン)』がどんな人物なのか。国家はどんな形態になっているのか。文明はどうか。人類が置かれている現状とはどんなものか。それらは徐々に明かされて行くのだけれど、本作を全て読み終えてもその全てが明確に説明される事は無い。ただ確かなのは、主人公の『員』は『共和国』の生体兵器として造られた少女型の人工生命体であり、時に対狗衞仕として『人狗(ヒトイヌ)』と呼ばれる航空上の脅威と闘いながら、数百年の時を生きて来た存在であるという事。そして互聯網上で『員』と出会う事になる『cy』と名乗る者との交流を経て、彼女が生みの親とも言える共和国と敵対する道を選ぶという事だ。

 この独特の世界観をどう説明すれば良いのかが悩みどころで、もう問答無用で「読めばわかるから!」という投げっぱなしジャーマンな一言で済ませるのも手かなーと思わなくもないのだけれど、それだけだとあまりにも身も蓋もないのでちょっと頑張ってみよう。

 漫画をよく読む人に対しては、「弐瓶勉氏の『BLAME!』が好きな人なら間違いなく本作の世界観はハマると思う」と言えば伝わるはず……というか、伝わってくれると思いたい。
 地上を無秩序に覆う巨大な構造物である『炭素繊維躯体』と、それを構築する為に動き続ける蜘蛛の様な姿をした『組立機(アセンブラ)』。炭素繊維躯体の周辺で原始的な狩猟採集生活を営む人々と、彼等に対して差別的な価値観を持つ文明人の集団としての共和国。自ら生み出した技術の暴走によって世界は荒廃し、人類の文明は衰退しつつある……もうこの時点で自分の様な嗜好の人間はかなり酔えるというか、この世界観をおかずに何杯でもご飯が食べられるレベル。更にこの世界観をベースにして繰り広げられるのは、本作の題名『躯体上の翼』からも連想される様に『員』と共和国の『緑化政策船団』、そして『人狗』とが繰り広げる異形の『空戦』だ。しかしそれすらも物語の彩りに過ぎず、その本質はというとこれがとても切ないものだったりする。

 自分が造られた生命である事を自覚しつつ、その内側にある心とどう向き合って行くか。数百年の孤独と、理解者を求める心。人狗と戦う為に植え付けられた闘争本能と理性の狭間で揺れ動く自我。そうした『員』の心の動きを本作は丁寧に拾い上げて行く。その物語の結末については賛否両論あるかもしれないが、自分はこの最後も含めて本作を支持したい。

 本作には組織に属する人間が多数登場する。共和国の衞仕達や道仕等がその代表だが、組織の理念や価値観を自らの意思として動く事を当然と考える時、そこに個人の心が生きる余地、羽ばたける空間はなくなるのではないかと思う。組織内部の権力闘争においていかに有利なポジションを確保するか。また目的遂行の為に必要な犠牲を払う事を躊躇せず、いかに合理的な判断で結果を導き出せるか。それらは周到な『計算』の上に成り立つ思考であって、個人の価値観や感情が入り込む余地がない。その合理的思考を信奉して生きる事を選択する時、人は個人である事を半ば放棄し、自らを含む集団が構成するシステムの一部、或いは統計上の一単位となる。一方で、仮に造られた生命であったとしても、自らの心によって動く事を選択する時、その者は被造物でも誰かの所有物でもなく、『人』として、自らの『生』を歩き始める事が出来る。そうした意味で、自分は本作を、全ての心あるものたちへの賛歌と受け取った。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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