推理よりも物語を・河野裕『つれづれ、北野坂探偵舎 心理描写が足りてない』

 

 既に2巻も出ている本作。遅ればせながらようやく読了。
 河野裕氏の作品といえば、『サクラダリセット』の時にも思ったのだけれど、何とも言えない独特の透明感を持った文体が好きだ。登場人物の掛け合いだけではなくて、地の文の中にもそれは表れている。読んでいて思わず笑みが溢れる様な、面白い、軽妙な場面でもそうだし、逆にどこか物悲しい場面もそうだ。自分の言葉では上手く言い表せないけれど、自分はその、作品の隅々まで行き渡っているかの様な透明感が、とても気に入っている。

“前方の信号が色を変える。
 今日はよく、赤信号にひっかかる日だ。

 信号というのはそういう風にできているのではないか、と思うことがある。
 初めが青信号だと、しばらくは青ばかりが続く。でも一度ひっかかってしまうと、そこからは赤ばかりだ。
 これは人生に似ている。実のところ、何だって人生に似ている。何もかもが人生の上で起こっているのだから、人が体験することで、人生に似ていないものなんてあり得ない。”

 ミステリとしての本筋には何ら影響を及ぼさないであろうワンシーン。でも自分は、こういう文章が読みたくて河野氏の作品を読んでいるフシがある。

 さて、タイトルに『北野坂探偵社』とある様に、本作はミステリとしての謎解きを本筋にしている。けれど登場する二人の探偵--いや、探偵とその協力者は、ただの探偵とは少し違う。
 一人は雨坂続。朽木続のペンネームで執筆する小説家。もう一人は佐々波蓮司。探偵舎の所長にして、元朽木続の担当編集者。探偵舎の活動拠点でもあるカフェ『徒然珈琲』のオーナーでもある。そして……彼には幽霊が見える。

 二人はまるで小説の内容について打ち合わせをするかの様に事件を推理する。登場人物と設定を確認、整理し、物語のプロットを作り、そこに違和感が無いか検討し、あるべき結末を導く。幽霊までもが登場する物語に、科学捜査や物的証拠による裏付けはお呼びじゃない。彼等の推理には刑事捜査の様な根拠が無い。
 推理ではなく、あるべき物語を作り上げる事。作家と編集者はそうして事件を解決に導こうとする。

 殺人事件の犯人を刑事や探偵が追い詰めていく様な、オーソドックスな推理小説やテレビドラマと比較すると、幽霊の存在等を織り込んだ本作はどこかふわふわとしたものに思えるかもしれない。しかし、そんな作品の中で描かれる登場人物達の心の動きはとても現実味があって、人間らしい。そう、幽霊ですら。単に物語の登場人物としての主人公や犯人役といった配役に留まらず、彼等はそれぞれが悩みや願いを抱えて「生きて」いる。推理小説を読む事を苦手としている自分の様な読者には、謎解きよりもむしろ彼等の生きる姿が描かれる様が興味深かった。

 ひとつひとつの事件とは別に、シリーズ物として全体を貫く謎も用意されている本作。続刊でその謎にどんな答えが用意されているのかとても楽しみだ。そして、それがハッピーエンドならばなお良いと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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