日本人が戦争を知る為に ブライアン・キャストナー:著 安原和見:訳 『ロングウォーク 爆発物処理班のイラク戦争とその後』

 

 戦争は変わった……等と書くと、まるで『メタルギアソリッド4』の冒頭の様ではある。しかし現実の戦争もまた、アメリカが9.11以降『対テロ戦争』という出口の見えない戦いに踏み込んで行った中で大きく変わった。

 かつて戦争とは国家対国家の戦いであり、軍隊対軍隊の戦いだった。戦うべき敵は常に見えている。しかし対テロ戦争では、戦うべき相手は現地民の中に紛れ込んでいる。民間人とテロリストの区別を付ける事は容易ではない。敵は常に姿を隠し、路上に仕掛けた『IED(即席爆発装置)』や『自動車爆弾』の様なもので米兵が持つ小銃の間合いの外から攻撃を仕掛けて来る。最新装備を身にまとい、練度も高い米軍と真正面から撃ち合いをすれば、恐らくテロリストに勝ち目はない。だから移動中の車列を爆弾で吹き飛ばしたり、爆弾処理にやって来た人間を別の爆弾で爆殺する事を狙う。相手の攻撃が届く範囲で戦わない事。常に姿を隠し、アウトレンジ攻撃に徹する事。つまり対テロ戦争とは、テロリストとの戦いである以前に彼等が仕掛けた爆弾との戦いでもある。

 著者であるブライアン・キャストナー氏は、米軍の『EOD(爆発物処理班)』部隊の指揮官としてイラク戦争を戦った経歴の持ち主だ。EODについては、映画『ハート・ロッカー』でも描かれたが、本著は過酷な戦地での戦いのみならず、本国への帰国後も彼等を苦しめる『狂気』を執拗に描き続ける。
 タイトルの『ロングウォーク』とは、爆発物処理の際、遠隔操作のロボットによる処理が失敗したか、又は不可能な状況で、対爆スーツを着た兵士が自ら爆弾に近付いて行く事を指す。そんな想像を絶する状況すら生き抜いた兵士を蝕む『狂気』とは一体何か。その答えは本著の中にある。

 『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』という言葉は、日本でも震災等の影響で広く知られる事になったと思う。戦地から帰還した兵士にもPTSDによって精神を病んでしまう者はいる。しかし、EODとして戦った兵士の中には『TBI(爆風による外傷性脳損傷)』によって脳そのものにダメージを受け、日常生活に支障を来す者がいる。爆発の衝撃波が体を通り抜けて行く時に脳が負うダメージ。血も流れず、痛みも感じないが、確かに脳に、神経細胞に蓄積して行く取り返しが付かないダメージ。それによって生じる『狂気』は彼等を蝕み続ける。だから著者は本著の冒頭でこう述べる。

“最初に断わっておきたいのだが、私は狂人だ。
 もともとそうだったわけではない。ある日まで、つまり狂人になった日までは正常だった。少なくとも正常だと思っていた。もうそうは思えない。”

 幸いにして、自分は日本人だ。平和主義を掲げる国家の国民として生まれ、この歳になるまで戦争を知らず、砲火に曝される事もなく生きて来られた。それは間違いなく感謝すべき事だし、自分の代わりにどこかで誰かが、自分が引き受けなければならなかった危険に向かい合っていてくれたお陰で維持されてきた平穏であろうという認識もある。それでも思ってしまうのは、自分達はもう少し戦争というものについて真剣に考える必要があるという事だ。自分が戦争当事者になる可能性も含めて。

 現政権は集団的自衛権の行使容認に前向きだ。自分としては今のところ、賛成、反対双方の意見に耳を傾けている段階で、明確にどちらを支持するか決めかねている部分がある。集団的自衛権の行使が認められる様になった場合、この国の国防や自衛隊のあり方は大きく変わって行く事になるだろうが、その議論をする前段階として、自分達は現在行われている戦争というものがどんな形をしているのか、もっと深く知る必要がある様に思う。

 平和主義が守られる限り、日本は自ら他国に戦争を仕掛ける事はない。しかし他国から戦争を仕掛けられる可能性は、それがどんなに低い確率であろうと常に考えておかなくてはならない(福島県民として言わせてもらえば「原発事故など起こらない」とされた「安全神話」が震災によって崩壊した様に、『絶対』などというものはあり得ない)し、テロリストからテロの標的にされる可能性は無視出来ない。更に集団的自衛権の行使容認の先には、同盟国と協調して戦わなければならない戦争が存在するかもしれない。今後日本が巻き込まれるかもしれない戦争=今後自分が巻き込まれるかもしれない戦争の形を知らなければ、自分達はその無知のツケを開戦後に支払うハメになる。後悔と共に。

 戦争を知る為に、皆が実際に戦地に行く訳には行かない。本当はそれが出来れば良いのかもしれないが、それが出来ないのなら、せめてこうして実際に戦地へ行き、そこから帰還した人の声に自分達は耳を傾けるべきだし、そこから少しでも戦争というものの形を知ろうとするべきだ。自分達は戦争を知ろうと努めるべきだし、それと真剣に向き合った上で自国の安全保障のあるべき姿について議論を始めるべきだ。今はそう思う。

 

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