本当に繋がっていたいのは誰なのか・江波光則『樹木葬 -死者の代弁者-』

 

 江波作品を読むと色々な事を考える。自分が気に入る作品には多かれ少なかれ共通してそういう所があるのだけれど、ただ読んで面白いという以上に、自分が思考する為の取っ掛かりというか、きっかけを与えてくれる作品が多い。

 今回考えたのは承認欲求と自己肯定という奴についてだ。
 誰かに認められたい。自分で自分を認めてやりたい。当然そういう欲求は誰にでもあって、自分だって例外じゃない。ただ、既に30代も半ばのオッサンとなった自分から言わせてもらえば、昨今は皆その欲求がちょっと病的なまでに膨れ上がっているのではないかと思う。これには近年の日本の社会情勢が少なからず影響しているのではないかと思うけれど、とにかく皆誰かに認められたくて必死だ。自分自身の価値。自分自身の存在意義。それらを認められたくて必死になるあまり、常に他者と繋がろうとしたり、他人を貶して自分を持ち上げてみたり、誰かを攻撃して自分の正当性を主張してみたりする。

 以前新聞で、特に若者のスマホ依存症について取り上げた記事を読んだ事がある。TwitterやLINEに四六時中張り付いていないと落ち着かない。自分宛てのメールやメッセージに対してすぐに返信しないと相手に悪い印象を与えてしまう気がして常に画面をチェックする。そんな症状が出始めたら依存症の疑いがあると言われていた。実際、記事で取り上げられていた学生は返信が遅れる事で仲間から嫌われたり、いじめの対象にされるのではないかと恐れるあまりスマホが手放せなくなり、勉強時間はおろか睡眠時間まで削る様になって行ったそうだ。そうなれば当然成績は落ちるし、生活にも支障を来す。このままでは駄目だと思いつつもやめられない。親も止めさせようとしてスマホの使用時間を制限したりしてみたが、その約束は毎回破られるし、スマホ自体を隠しても半狂乱の有り様になる。こうなってくると本人も親も、もうどうする事も出来ない。

 上記の様な依存症にまでなってしまうというのは極端な例にせよ、常に仲間内で繋がっていないと落ち着かない、仲間外れにされるのが恐ろしいという心理は結局承認欲求の裏返しである気がする。なぜそこまで承認欲求が強いのかと言えば、誰かに認められていないと不安だからだ。誰かに認めてもらわないと自分の価値を信じる事が出来ない。日常の中で、自分の存在が無価値なのかもしれないという恐怖が、真綿で首を締める様ににじり寄って来る瞬間がある。その憂鬱な気配がひたひたと背後から近寄って来る時がある。そういう時に、常に他者と繋がる事が出来るツールを持っていれば頼りたくもなるし依存もするだろう。自分が若い頃にスマホやらSNSが普及していなかった事に心底感謝する。ただでさえ面倒臭く煩わしい人間関係をネットの向こう側にまで持ち込んで、蟲毒の様に濃縮して常に携帯しておく趣味はない。しかもそれに積極的に参加しない事が排除の理由になるとかどんな罰ゲームだ。

 SNS等で不特定多数の人物と繋がれた広く浅い人間関係の中で承認欲求を満たそうだとか、自己肯定の根拠を得ようだとか考えた瞬間に、それは他者と繋がる為のツールから、自己を束縛する枷に変わってしまう気がする。いつでもどこでも他者と繋がれるという選択肢は、いつの間にかいつでもどこでも他者と繋がっていなくてはならないという強迫観念じみた束縛になる。

 ネット上の人間関係や、それこそスクールカーストの中で他者よりも上位のポジションをキープして、より立場が弱い人間をいいように扱ったり追い込んだりして、そんな事が出来る自分は相手よりも上等な人間です、なんていう自己肯定のやり方が流行っているのかどうかは知らないけれど、つまらない毎日の憂さ晴らしや暇つぶしでグループ内の弱者を追い込む時の心理って、結局は「誰かを虐げる側に立っていられる間は、自分は虐げられる側じゃない」という病的かつ後ろ向きな安堵である気がする。そして強迫神経症じみたレベルでSNSやLINEみたいなものに依存して行く過程の心理は「仲間内で回しているコミュニケーションを途切れさせない限り、自分はぼっちじゃない」という、「それって本当に友達とか仲間とか言えるわけ?」と言ってしまいたくなる様な、人間関係以前の相互依存というか、一人でいる事に耐えられない人間にとっての向精神薬みたいなものである気がする。

 自分はもっとシンプルな方がいい。生き方も人間関係も。

 本作で言えば陵司に桜香がいる様に、瑛二に燈子がいる様に、「隣にこいつがいるのなら後はもうどうでもいい」とまで思える様な相手が見付かればきっと最高だ。たとえ自分が終わっていようと世界がクソだろうと神が死んでいようと、最後まで隣にいてくれるだろう誰か。自分が隣にいたいと願う誰か。
 承認欲求なんていうものは不特定多数の人間に向けるものじゃない。この世でたった一人でいい。その誰かから認められればそれで人間は十分満たされるし生きて行けるのだ、きっと。まあ、自分の様な奴にとってそれが高望みである事も重々承知しているけれど。

 しかし、『ストーンコールド』を読んだ時も感じたけれど、本作の結末を読むと、江波氏は本質的にロマンチストなのではと邪推してしまう。ヤクザだビッチだメンヘラだ、セックス・ドラッグ・バイオレンスだっていうのは照れ隠しですか?……とか言ったらファンに怒られそうだけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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