ライトノベルに求められるリアリティとは?・木崎ちあき『博多豚骨ラーメンズ』

 

 何だか某所に随分と辛口のレビューが書き込まれていたり、ライトノベル読み界隈でも評価が割れているという話を耳にしたので、逆に「じゃあ読んでみるか」となって買って来た次第。自分は基本的に「人からの評価を読むよりも、自分で作品を読んでしまった方が早い派」なので。
 結果としてはそこまで酷評される程のものでもなく、普通に読めた。辛口の評価については、第20回電撃小説大賞の大賞受賞作に対する期待の大きさの裏返し、くらいに思っていた方が良いかもしれない。

 本作は福岡市を舞台に繰り広げられる殺し屋達の群像劇となっている。帯のキャッチコピーは『人口3%が殺し屋の街・博多で、生き残るのは誰だ--!? アクの強い裏稼業の男たちが踊りまくる!』というもの。「人口3%が殺し屋」というその設定だけで「一体どこのネオハカタだ」と思わなくもないけれど、この帯の文は看板に偽りありかなと思う。これだけ読むと殺伐とした男だらけの殺し屋バトルロイヤルでも展開されるのかと思うけれど、実際はそんな事はない。どちらかというと、殺し屋をはじめとした裏稼業の人間達が、互いに標的を追い掛けたり周囲の状況に巻き込まれたりするうちに関係を深めて行き、何故か終盤には勧善懲悪っぽい流れに辿り着く、という安定感のあるストーリー展開となっていて、「殺伐とした救いの無い話はちょっと……」という読者には安心かと思う。

 さて、本作について厳しい評価を下している読者からは「リアリティがない」という意見が聞かれる。ただ自分が思うに「エンタメ小説やライトノベルにどこまでのリアリティを求めるか」という問題は読者の趣味嗜好に大きく左右されるので、リアルさが足りない事が作品の評価に直結するというのもどうだろうと首を傾げたくなる。極論すればアニメや漫画、ライトノベル等はキャラが立っていてエンタメとして成立しているならばどんな設定やストーリーでも許容される器の大きい(悪く言えばいい加減な)ジャンルだとも言える。例えばテニス漫画がいつの間にかテニヌ漫画になっていようが面白ければ良い、というのはある意味明快だと思う。

 その上で、ライトノベルが目指すべきリアリティとは何かについて考えてみる。
 本作同様、殺し屋を主人公にしたエンタメ小説というと、自分は深見真氏の『ヤングガン・カルナバル』『僕の学校の暗殺部』等が真っ先に思い浮かぶけれど、深見氏の場合、作品の中心となる設定である「学生の暗殺者が活躍する」という『大きな嘘』をエンタメとして成立させる為、その障害となる『小さな嘘』が生じない様に徹底的に細部を固める、という手法を用いている。
 具体的には、小さな部分ではミリタリー描写が正確である事等がそうだし、大きな部分では登場人物達が暗殺者となるに至った境遇や動機に説得力を持たせる事等がそれにあたると思う。そうした設定を詰める事を軽視して『小さな嘘』を積み重ねてしまうと、結果として読者が登場人物に感情移入する上での障害になるし、『大きな嘘』を成立させる上で最低限必要なリアリティが損なわれる。

 自分が本作を読んで引っかかる所があったとすれば、それはこうした『小さな嘘』の積み重ねの部分で、それは例えば「脇差を投擲してビルの屋上から自分を狙う狙撃手のスコープを破壊する」とか「何をするにしてもハッカーが万能過ぎる」といった「重箱の隅」レベルのものから、登場人物の一人が殺し屋になった理由が「ブラック企業の面接に引っかかって、その気もないのに殺し屋稼業に引き込まれる」という「そんな杜撰な求人方法アリなのか」と思わず突っ込んでしまうレベルのものまで多岐にわたる。逆に言えば、こうした『小さな嘘』が気にならなければ、本作は十分エンタメ小説として成立する。そこの評価はまあ、人それぞれという事になるだろう。個人的にはギリギリ許容範囲内かな。自分は結構この手の許容範囲は広い方だと思うけれど。

 最後に、気に入った部分を。何と言っても『博多豚骨ラーメンズ』という題名と、その伏線回収。そして最後のオチに尽きる。ここが気に入るかどうかで評価が分かれる部分もあるかなと。自分としては次回作でどういう方向性の作品を出して来るかで大賞受賞者としての作者の力量が試される気がしている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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