「伊藤計劃以後」からの卒業・野島一人『メタルギアソリッド ピースウォーカー』

 

 本著の帯には『伊藤計劃のMEME(ミーム)を継いだのは誰だ!?』と書かれている。『虐殺器官』『ハーモニー』そして『メタルギアソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』の著者である伊藤計劃氏は、亡くなってからも『伊藤計劃以後』という言葉と共に語られてきた作家である。恐らくは最も熱狂的なメタルギアシリーズのファンの一人であっただろう伊藤計劃氏の不在を埋める様に、新たな作家がメタルギアのノベライズを引き継ぐ事は、ゲームのプレイヤーとしても小説の読者としても嬉しい。
 著者である野島一人氏について「本作が処女作な訳がない」と正体探しが起きているとも聞くけれど、それも楽しそうな遊びだなとは思いつつ、自分は割とどうでもいい。

 長谷敏司氏の『メタルギアソリッド スネークイーター』の感想でも書いたと思うけれど、原作としてのゲームがあり、そのノベライズをするという時には「小説ならでは」という新しい切り口が欲しいと思う。ゲームをプレイすれば把握出来る内容を小説という媒体に移し替えただけのものを読みたいとは思わない。ゲームのノベライズに手を出す読者の殆どは本編をプレイ済みなのではないかと思うが、そういうタイプの読者にとって、映像も音も声優の演技もインタラクティブ性も切り捨てざるを得ない小説という媒体に求めるものは、ゲームプレイだけでは把握できない様な細部であったり、一度体験した物語を語り直す新たな視点である様に思う。その点、本作はピースウォーカーという物語を新たな視点から語る事に成功していると思う。そして誤解を恐れずに言えば、本著は『伊藤計劃以後』という言葉が独り歩きしている現状に対する一種のアンチテーゼである様にも受け取れる。より「メタルギア的」に言うならば、伊藤計劃がザ・ボス化している事に対するアンチテーゼと言えるかもしれない。

 死者は何も語らない。語る事が出来ない。死後自分がどの様に語られようと、どの様に扱われようと、崇められようと貶されようと利用されようと、それに対して意見を述べる事は出来ない。死者が去った後の世界に遺された生者である自分達は、その事を知りつつも、つい死者の代弁者であるかの様に物事を語ってしまうものだ。彼ならばこう言ったに違いない、こう思ったに違いない等と言って、気付けば持論を展開する為の材料として死者の存在やその功績を都合良く扱ってしまう。そして時には、本作でザ・ボスがそうされた様に、死者の墓を暴く様な真似までされて死後もなお利用される事もある。

 本作でビッグボス=スネークはザ・ボスの死を利用する者達を否定し続ける。彼女の死を利用するな、彼女の死を死なせてやれと。しかしその願いは容易には叶わない。それはザ・ボスの功績と、その存在の大きさ=彼女の不在という喪失の大きさが、周囲の人間にそれを無視する事を許さないからだ。時に生者は死者に縋り付く。或いは死者を利用する。彼或いは彼女の不在を起点にして自分の立ち位置を定め、自分自身のものの考え方や主義主張を構築して行く。その事を否定はしない。生者にとってそれらはやむを得ない行為だからだ。だが、事『伊藤計劃以後』という言説に限って言えば、自分達はもういい加減にそこから卒業するべきだ。彼の存在を忘れ去れ、捨て去れと言っている訳ではない。そもそもそんな事は出来ない。殊更に、そして声高に彼の名前を連呼する事を止めようという事だ。スネークがザ・ボスとの過去を乗り越えて行く様に。

 伊藤計劃氏自身も小島秀夫氏をはじめとした様々な人物のMEMEを受け継いで作品を書いた様に、彼のMEMEもまた誰かが声高に叫ばなくともそれを必要とする者には受け継がれて行く。そして新たな作品が世に出て評価される時、その評価を受け取るのは伊藤計劃氏ではなく作者本人であるべきだ。これから世に出る作品の中に伊藤計劃氏の影を探し続ける事は、読者にとって後ろ向きな執着にしかならない。自分も『虐殺器官』が好きでこれまで何度も読み返したが、彼の著作以外の中にその姿や影響を探す様な行為はもうおしまいにするべきだと思う。そんな事をしなくても伊藤計劃氏が優れた作家である事は、彼のファンならば誰も否定しないし、その存在を忘れもしないのだから。

 野島一人氏もまた新たなメタルギアシリーズのノベライズに着手中という事の様で、それも楽しみだけれど、個人的にはメタルギアから卒業した後に彼がどんな物語を描いてみせるのかという事に興味があるし、その作品を読める日がそう遠くない内に来ればいいなと願っている。まあ「野島一人=小島秀夫」説が本当だとすると、その希望は潰える事になるのかもしれないけれど……さて、どうなるだろう。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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